滅却をする心頭のあり涼し 後藤比奈夫【季語=涼し(夏)】

滅却をする心頭のあり涼し

後藤比奈夫ごとうひなお 

 バスケ練習用にコンタクトレンズを買った。初心者歓迎の「Enjoy」がテーマの練習会なので、激しい接触プレーなどはない。ただ、私の場合は、取り損ねたボールを眼鏡にぶつけることが多かったため使ってみることにした。快適でびっくりした。

「ゾーンに入る」とは、超集中状態のことで、この状態になると、感覚が研ぎ澄まされ、最高のパフォーマンスが発揮できる。経験者は、トップアスリートに多いと聞くが、アスリートだけに起こることとは限らない。また、スポーツ選手の中には、骨折に気がつかずプレーを続けていたという人がいるそうだ。これは、交感神経が活発化し、痛みを感じにくくなるホルモンが放出されるためだと医師は言う。現代では、こういったことが、科学的に解明されつつあるわけだが、昔からの言葉で言えば「心頭滅却」、「無念無想の境地に至れば、火も熱くは感じなくなる」ということだ。

 赤木(あかぎ)(たけ)(のり)は、花道が片想いしている赤木晴子の兄で、湘北高校バスケ部主将の3年生。全国制覇を目指す熱血漢で、チームの大黒柱として部員たちから厚い信頼を得ている。インターハイの出場を決める陵南との試合を前に、湘北は監督の安西先生が入院のため不在、そして、赤木も足首に不安を抱えている。

滅却をする心頭のあり涼し

 あまりにも慣用句のまますぎるという驚き、それから、句会での反応はどうだったのだろう、というほんの少しの心配。作者は、後藤比奈夫(ごとうひなお)後藤(ごとう)夜半(やはん)の息子として1917年に生まれた。インパクトが大きく、大先輩のことをうっかり心配してしまった。しかし、この句が入った句集『紅加茂』のあとがきに〈句集の句は厳選という訳でもないが、出来るだけ少なくした〉とあって、意志をもって残した句だということがわかる。

 陵南との試合中、ふと、赤木の頭の中に痛めた足首のことが浮かぶ。「ターンできるか…!? この足で」、「いつも通りのステップを踏んだら悪化しないだろうか」、「テーピングがゆるい気がする」、動きがどんどん固くなり、ミスが増え、絶対に負けられないと思う気持ちがさらに赤木を追い詰める(新装再編版11巻129~130ページ)。些細なことで心が揺れて、それが、肉体に伝わる。慣用句そのままの句は作るべきではない、そう、私が短絡的に決めつければ、その考えは、いつか私を縛る。

 チームメイトが見かねて取ったタイムアウトの時、赤木は花道から盛大な頭突きを受け、いつもの自分を取り戻した。吹っ切て挑むそのプレーが、点差を一桁にとどめる流れとなり、6点を追いかけて後半戦へ繋ぐ。

岸田祐子


【執筆者プロフィール】
岸田祐子(きしだ・ゆうこ)
「ホトトギス」同人。第20回日本伝統俳句協会新人賞受賞。


【岸田祐子のバックナンバー】
〔1〕今日何も彼もなにもかも春らしく 稲畑汀子
〔2〕自転車がひいてよぎりし春日影 波多野爽波
〔3〕朝寝して居り電話又鳴つてをり 星野立子
〔4〕ゆく春や心に秘めて育つもの 松尾いはほ
〔5〕生きてゐて互いに笑ふ涼しさよ 橋爪巨籟
〔6〕みじかくて耳にはさみて洗ひ髪 下田實花
〔7〕彼のことを聞いてみたくて目を薔薇に 今井千鶴子
〔8〕やす扇ばり/\開きあふぎけり 高濱虚子
〔9〕人生の今を華とし風薫る 深見けん二
〔10〕白衣より夕顔の花なほ白し 小松月尚


◆映画版も大ヒットしたバスケットボール漫画の金字塔『SLAM DUNK』。連載当時に発売された通常版(全31巻)のほか、2001年3月から順次発売された「完全版」(全24巻)、2018年に発売された「新装再編版」(全20巻)があります。管理人の推しは、神宗一郎。



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