人生の今を華とし風薫る
深見けん二
5月のバスケ練習会は体調不良で参加できなかった。2024年の1月に参加してから、ほぼ毎回、参加しているその練習会は、だいたい月に1回、開催される。まったくもって下手だけど、始めた頃の自分と比べれば、成長していて、たまにシュートが入るようになった。なにより、スラムダンクの試合シーンが前より分かるようになった。もちろん、本格的に練習している方と比べられるようなことではない。それでも練習をすれば、ゆるやかに積み重なってゆく。
才能があるとか、ないとか、私はわりと気軽に言ってしまいがちなのだけど、スラムダンクを読んでいると、才能ってどういうものなのかなと考えてしまう。辞書には「生まれつきの能力」とあった。そういえば、MLB2021年シーズンの最優秀選手賞を受賞した当時ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平は、インタビューの才能についてのやりとりの中で、共感するキャラクターとして『スラムダンク』の神宗一郎を挙げている。
神宗一郎は、海南大付属高校バスケ部の2年生で、スリーポイントシュートを確実に決めることができるシューター。県予選の湘北戦で神がシュートを外した場面はなく、インターハイ県予選の優秀選手5名の中の一人に選ばれた。入部当時、身長こそ高かったものの運動能力的には特筆すべきところがなく、元々のポジションのセンターを務めるのは無理だと監督に告げられる。以降、部活の練習が終わった後にひとり残り、アウトサイドシュートの練習を始めた。ベンチ入りすらできていなかった神は、1年後、海南大付属のスタメンを獲得する。その練習は、一日に500本のシューティングを欠かさず続けるものだ。神のシュートを目の当たりにした湘北バスケ部マネージャーの彩子は、「この激しい戦いの中で そこだけ時が止まったような…」「あまりの滑らかさに鳥肌が立ったわ」と言っている(新装再編版9巻93ページ)。
人生の今を華とし風薫る
「風薫る」は南風が緑の草木を渡って、すがすがしく匂うように吹いてくるのを讃えた言葉で、「薫風」ともいう。手元のホトトギス歳時記によれば、5月、6月、7月の3ヶ月に渡る夏の季題とされているけれど、私は、立夏を過ぎてから梅雨に入る前までくらいの頃に「風薫る」を強く感じる。作者は、高濱虚子に師事したホトトギスの同人の深見けん二。
実は、この句には〈山田閏子さん誕生日〉との前書きがある。前書きとは俳句の前に置かれる短文のことで、その句が作られた状況などを説明するもののことだ。つまり、前書きがある時点で、この句は神のことを詠んだものではないことがはっきりしているのだけれど、今回は、前書きを外し、純粋に一句として鑑賞する。
ピュアシューターと言われる神の美しいフォームのシュートが「風薫る」と重なる。神は基本的にアウトサイドからのシュートのみで、インサイドに切り込んでゆくことはない。そのプレースタイルは遠くから届く風のようだし、剥き出しでない闘志は草木の香りだ。また、「人生の今を華とし」という言葉に、神の確実なシュートが、積み重ねられた反復練習によるものだということを思う。
神に共感すると言った大谷翔平は、インタビューの中で〈反復練習は本当に大事。練習って面白いんですよ。練習を通じて自分の長所や能力を「発見」することもそう。そういう「気づき」を得る瞬間があるのが練習の面白さ、醍醐味ですね〉と言っている。神の練習もまた、そういうもので、「人生の今を華とし」という言葉は、決して大袈裟ではない。
(岸田祐子)
【執筆者プロフィール】
岸田祐子(きしだ・ゆうこ)
「ホトトギス」同人。第20回日本伝統俳句協会新人賞受賞。
【岸田祐子のバックナンバー】
〔1〕今日何も彼もなにもかも春らしく 稲畑汀子
〔2〕自転車がひいてよぎりし春日影 波多野爽波
〔3〕朝寝して居り電話又鳴つてをり 星野立子
〔4〕ゆく春や心に秘めて育つもの 松尾いはほ
〔5〕生きてゐて互いに笑ふ涼しさよ 橋爪巨籟
〔6〕みじかくて耳にはさみて洗ひ髪 下田實花
〔7〕彼のことを聞いてみたくて目を薔薇に 今井千鶴子
〔8〕やす扇ばり/\開きあふぎけり 高濱虚子
◆映画版も大ヒットしたバスケットボール漫画の金字塔『SLAM DUNK』。連載当時に発売された通常版(全31巻)のほか、2001年3月から順次発売された「完全版」(全24巻)、2018年に発売された「新装再編版」(全20巻)があります。管理人の推しは、神宗一郎。