蛇は全長以外なにももたない 中内火星【季語=蛇(夏)】

は全長以外なにももたない

中内火星
はしづめきょらい

)

お久しぶりです。

前回、ハイクノミカタに文章を寄せたのがはや2年4か月も前のこと。

時の経つのは何とはやいことか、という平凡な感慨を抱くくらいには平凡なおじさんなのだけれど、紹介する俳句の非凡さに免じて許していただきたい。

よろしくお願いします。

蛇は全長以外なにももたない/中内火星

のっけから自分のことで申し訳ないのだが、私が蛇の句が苦手なのは、この句のせいである。

これを超える蛇の句は作れそうにない。

蛇を蛇らしく描出した先行句は、当たり前だがいくつもある。

草の根の蛇の眠りにとどきけり/桂信子

蛇消えし辺りの水の匂ひけり/稲畑汀子

あるいは蛇を媒介にその世界を拡張している句も。

万歳は縞蛇またぎ行方も知れず/安井浩司

くちなはに枝の綻びつつまはる/宮本佳世乃

こうした句はむろん魅力的なのだが、掲句はちょっと別格である。蛇でなくても一見よさそうに見えるのに、読めば読むほど蛇でなくてはならない必然性をまとっている。かつ、散文的でことばとしてはすっと頭に滑り込んでくるがゆえに、読み手が蛇にいろいろ仮託したくなる余白をもった表現である。

似た句に、

全長のさだまりて蛇すすむなり/山口誓子

があるが、こちらは作中主体の認知と蛇の動きをあらわして無駄がない。

対して火星の句は、蛇のありようを削ぎ落された筆致で浮かび上がらせ、結果読み手はそこに精神性を見出したくなる欲望にすら駆られる。さらに、言い切りでいったんはストイックな蛇の佇まいを提示しながら、違和感も仕掛けられている。全長以外なにももたない、ということは、全長は持ってるってこと?全長を持つってどういうこと?そもそも、全長って「持つ」ものなの?

安易に蛇を擬人化して人に引き寄せた解釈をしたり、孤高の蛇の姿への憧憬を導き出すこともできようが、この句の前ではそれも野暮に思える。なにももたない。それ以上でもそれ以下でもない。全長〇㎝の蛇、ただそれだけ。つい、意味もストーリーも情も拒む潔さ、などと言いたくなる誘惑に駆られるが、この句にはそうした陳腐な感想すらそっぽを向かれてしまいそうな、真理を仰ぎ見るような感覚を与えられる。

ところが、作者が2024年4月に上梓した句集『SURRÉALISME(シュルレアリスム)』には、この句は収録されていない。作者がなにを考えてそうしたのか、まったく意味がわからない。ただ、見透かすような裏切るような独特の書きぶりから立ち現れる集中の句の世界には、アイロニーと、ちょっぴりの切実さや祈りが編み込まれているようで、いちいち立ち止まらざるを得ない。

千年を脱ぎ散らかして天の川/中内火星(以下同)

東京はお行儀がよくて途中

現代俳句協会はチューインガム

簡単な話で蛸を食べている

初雪や背骨が曲がる

祭から黄泉まで立ちっぱなしなんだよ

こうして読んでみると、作者が投げかけることば以上のものを受け止めたくなってしまう句ばかりだが、でもその評をかたちにした途端につまらない独言になってしまいそうな気がしてくる。

とりわけ掲句は、その最たるものだと思うのだ。

理屈めいた余計な感想や、自分語りと紙一重の感慨は、蛇足以外の何もでもない。蛇だけに。

ああ、しかし、どうしてもこう問われている気がしてしまう。

蛇は全長以外なにももたない、お前はどうなんだ?

楠本奇蹄


【執筆者プロフィール】
楠本 奇蹄(くすもと きてい)
豆の木など参加。第11回百年俳句賞最優秀賞、第41回兜太現代俳句新人賞。句集『おしやべり』(マルコボ.コム,2022)、『グッドタイム』(現代俳句協会,2025)。
Twitter:@Kitei_Kusumoto
bluesky:@kitei-kusu.bsky.social
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https://100hyakunen.thebase.in/items/109144894



【2025年6月のハイクノミカタ】
〔6月3日〕汽水域ゆふなぎに私語ゆづりあひ 楠本奇蹄

【2025年5月のハイクノミカタ】
〔5月1日〕天国は歴史ある国しやぼんだま 島田道峻
〔5月2日〕生きてゐて互いに笑ふ涼しさよ 橋爪巨籟
〔5月3日〕ふらここの音の錆びつく夕まぐれ 倉持梨恵
〔5月4日〕春の山からしあわせと今何か言った様だ 平田修
〔5月5日〕いじめると陽炎となる妹よ 仁平勝
〔5月6日〕薄つぺらい虹だ子供をさらふには 土井探花
〔5月7日〕日本の苺ショートを恋しかる 長嶋有
〔5月8日〕おやすみ
〔5月9日〕みじかくて耳にはさみて洗ひ髪 下田實花
〔5月10日〕熔岩の大きく割れて草涼し 中村雅樹
〔5月11日〕逃げの悲しみおぼえ梅くもらせる 平田修
〔5月12日〕死がふたりを分かつまで剝くレタスかな 西原天気
〔5月13日〕姥捨つるたびに螢の指得るも 田中目八
〔5月14日〕青梅の最も青き時の旅 細見綾子
〔5月15日〕萬緑や死は一弾を以て足る 上田五千石
〔5月16日〕彼のことを聞いてみたくて目を薔薇に 今井千鶴子
〔5月17日〕飛び来たり翅をたゝめば紅娘 車谷長吉
〔5月18日〕夏の月あの貧乏人どうしてるかな 平田修
〔5月19日〕土星の輪涼しく見えて婚約す 堀口星眠
〔5月20日〕汗疹とは治せる病平城京 井口可奈
〔5月21日〕帰省せりシチューで米を食ふ家に 山本たくみ
〔5月22日〕胸指して此処と言ひけり青嵐 藤井あかり
〔5月23日〕やす扇ばり/\開きあふぎけり 高濱虚子
〔5月24日〕仔馬にも少し荷をつけ時鳥 橋本鶏二
〔5月25日〕海豚の子上陸すな〜パンツないぞ 小林健一郎
〔5月26日〕籐椅子飴色何々婚に関係なし 鈴木榮子
〔5月27日〕ソフトクリーム一緒に死んでくれますやうに 垂水文弥
〔5月28日〕蝶よ旅は車体を擦つてもつづく 大塚凱
〔5月29日〕ひるがほや死はただ真白な未来 奥坂まや
〔5月30日〕人生の今を華とし風薫る 深見けん二

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