もしあの俳人が歌人だったら

【連載】もしあの俳人が歌人だったら Session#10

【連載】
もしあの俳人が歌人だったら
Session#10


このコーナーは、気鋭の歌人のみなさまに、あの有名な俳句の作者がもし歌人だったら、どう詠んでいたかを想像(妄想)していただく企画です。今月取り上げる名句は、小島健さんの〈日本の屋根美しき初詣〉。この句を歌人のみなさまはどう読み解くのか? 今月は、野原亜莉子さん・鈴木美紀子さん・三潴忠典さんの御三方にご回答いただきました。


【2022年1月のお題】


【作者について】

小島健(1946-)は、新潟県生まれ。10代の頃から俳句を始め、岸田稚魚に師事。稚魚没後は角川春樹に師事、「河」入会。1995年、第一句集『爽』を上梓し、同句集により第19回俳人協会新人賞を受賞。NHK学園の専任講師を長く務める。左党らしいその朗らかな語りは、いつもおなじみの「乾杯!」で締め括られる。


【ミニ解説】

あけましておめでとうございます。

俳句では一般に、「春夏秋冬」に加えて「新年」の季語という分類がされています。一年の計は元旦にありとは、昔からよくいったもの。年が改まると、目標を立てたり、日記をつけはじめたり、無病息災を祈ったりと、何かと「1年」という区切りに支配されているわたしたちです。

しかし世界に目を広げてみると、これってとても例外的なことなんですよね。たとえば、フランスでは、12月下旬のクリスマス休暇のほうが大事なので、もちろん1月1日は祝日ですが、翌2日からは(週末じゃないかぎり)学校も仕事も普通にはじまります。お隣の韓国は旧正月(ソルラル)、陰暦の1月1日を祝うので、12月31日まで通常どおり仕事をして、2日からやはり再開。旧正月をお祝いするのは、中国、ベトナム、マレーシアなどの東アジア諸国でも同じですね。

公的な記録や出生証明書がないアフガニスタンでは、年齢を判断する場合には季節の行事や歴史的な出来事を基準にするのが長い間、慣例となってきた、大多数の人が「1月1日生まれ」なのだとか。エジプトやインド、イスラエルやサウジアラビアのように、1月1日が祝日ですらない国もたくさんあります。

日本でも昔は「立春」が年のはじまりだったわけです。しかし、明治政府が「明治5年12月2日」に「太陰暦ヲ廃シ太陽暦ヲ頒行ス」とする改暦ノ布告をどどーんと布告! なんで「12月2日」だったかというと、この日が太陽暦に計算しなおすと、「12月31日」だったから。かくしていつもより1か月早いお正月が来た、明治5年目の冬なのでした。

実は明治6年は、そのままいけば調整のための「閏月」があって合計13か月ある年でした。でも、財政状況が厳しい明治政府は、13か月分の月給を11か月分にするため、急ピッチで改暦をしたといわれています。え、なんで2か月分も減るのかって? 改暦してしまえば「明治5年」の「12月」は、たった2日しかないことになるからです。いまも昔も政治家や官僚の考えることは、せこいっ!

ともあれ、日本のお正月は、お祝いの根拠が「1」という数字にしか見出せないという類稀なケースであるといえましょう。日本の人たちが、それまでの旧正月の風習をあっさりと捨ててしまった理由はぶっちゃけ謎ですが、「旧」という言い方が象徴しているように、次々と海外から文化や文物が入ってくる明治の時代、新しい時代のお正月というイメージが広まっていったのでしょう。お正月の「屋根」を見て、そこに改まった感じを感じるのは、おそらく日本人だけなのです。

昔から行われているような気がする「初詣」だって、まごうことなき近代の産物。初詣が習慣化したのは、当時の鉄道会社が神社の共同キャンペーンによって、遠方の有名神社へ初詣する風習を作り出したためでした。これにより、氏神や恵方とは関係なく、(川崎大師や成田山新勝寺のような)「有名」なお寺に参詣することが一般的になったといわれています。

俳句で「初詣」が季語として歳時記に採用されたのは明治末期のことで、実際に「初詣」を詠んだ俳句が登場するのは大正時代以降。四賀光子(1885-1976)という歌人が、こんな歌を残しているそうです。そんなわけで、みなさんは初詣、行かれましたか?

  信仰といふにもあらぬ初詣りこの民俗はなほつづくべし  四賀光子



日本のお正月の雰囲気が苦手で、どうしたってバーゲンに行ってしまう。都内には元旦から営業している商業施設がいくつかあり、そこそこ混雑している。やはりお正月にお家で家族団欒が楽しめない人は一定数いる。

なぜお正月は晴天が多いのだろう。澄み切った冬の空気、初詣の列、楽しそうな親子連れ。お正月にまつわる諸々がなんとなく私を追い詰める。環境の変化がストレスになる体質だと、年越しは鬼門だ。年内に仕事を終わらせようなどと考えてはいけない。大掃除なんかして過去に向き合うのも良くない。明日は今日の続きだと考えて、なるべく気楽に過ごすのがいい。忘年会やバーゲンに出かけて、楽しく浮かれて暮らすのだ。

新年とか神様とか、何か神聖なものについて思いを馳せるなら、たとえば初雪とかでもいいのではないかな。

(野原亜莉子)



新品のカレンダーを手に入れると、真っ先に印を書き入れたい自分だけの大事な記念日が、きっと誰にでもあると思います。それは、まっさらな雪原にサクッと付ける足跡にも似て、微かなときめきをくれます。年毎、カレンダーに大切な記念日を印すことができるのなら素敵なことですし、消えてゆく記念日があったとしてもそれはそれで仕方のないこと。そして、特別ではない1日にこそ〈日常〉というかけがえのない幸せがあるのかもしれません。

昔、付き合っていたひとに突然こう言われたことがありました。「いつか俺たちが別れたとしても、毎年この日のこの時間にここで会わないか?」と。2年後、そのひととは別れてしまったのですが、この他愛のない約束のことは覚えていました。でも肝心なその日付をわたしはすっかり忘れてしまっていたのです。もし覚えていたとしてもわたしは会いに行かなかったと思うし、たぶん彼も来なかったでしょう。それでも、真新しいカレンダーになるたび、365日のどこかに、その約束の日付をひそかに探してしまう自分がいます。もちろん忘れてしまった日付をカレンダーに印すことはできません。だけど、逆に毎日がそのひととの叶わなかった再会記念日でもあり得るのです。もしも別れた後、ふたりが再会していたなら、別の道があったのかもしれないし、そうではなかったのかもしれない。とめどなく雪のように降り積もる時間がもうひとつの道を消してしまうけれど、このささやかなエピソードがわたしの人生のカレンダーに残した「if」は、幻の足跡のようでもあります。

さぁ、新しい1年が始まりました。毎日が誰かの大切な記念日です。そして空白の日付に、さり気ない「if」が隠されていることを「希望」と呼びたいです。

どうか日本というひとつの屋根の下で、不安や痛みを分かち合いながら美しい時間を重ねてゆけるわたしたちでありますように。あなたにとって、あなたの大切な誰かにとって、「if」のきらめきを秘めた2022年でありますように……。

(鈴木美紀子)



固定資産税を計算しています。定番の問い合わせに、家を売ったから固定資産税の残りは払わなくてよいのか、というがあります。残りも払って下さい。賦課期日である一月一日の所有者が、一年度分を支払う義務があります。四月一日に車を持っていたら自動車税が一年分まるまる掛かるのと同じ考えですね。税額の残りを購入者に負担してもらうよう売買契約する商習慣があると聞いたことがありますが、税金を取り立てるお役人としては知ったこっちゃありません。納税義務者の支払いが滞れば、滞納整理の部署が然るべき措置をとります。

旧年中に新築した建物ならば、今年の一月一日も新築のままであることが普通です。しかし、世の中に絶対ということはありません。あのとき見た新築が本当に建っているか気になって、元日から新しい屋根をもう一度見に行ってしまうのです。最近は瓦葺きの新築は滅多に見ないなあ、お金持ちの家かなあ、なんて思いながら。

(三潴忠典)


【ご協力いただいた歌人のみなさま!】

◆野原亜莉子(のばら・ありす)
心の花」所属。2015年「心の花賞」受賞。第一歌集『森の莓』(本阿弥書店)。野原アリスの名前で人形を作っている。
Twitter: @alicenobara


◆鈴木美紀子(すずき・みきこ)
1963年生まれ。東京出身。短歌結社「未来」所属。同人誌「まろにゑ」、別人誌「扉のない鍵」に参加。2017年に第1歌集『風のアンダースタディ』(書肆侃侃房)を刊行。
Twitter:@smiki19631

◆三潴忠典(みつま・ただのり)
1982年生まれ。奈良県橿原市在住。博士(理学)。競技かるたA級五段。競技かるたを20年以上続けており、(一社)全日本かるた協会近畿支部事務局長、奈良県かるた協会事務局長。2010年、NHKラジオ「夜はぷちぷちケータイ短歌」の投稿をきっかけに作歌を始める。現在は短歌なzine「うたつかい」に参加、「たたさんのホップステップ短歌」を連載中。Twitter: @tatanon
(短歌なzine「うたつかい」: http://utatsukai.com/ Twitter: @utatsukai



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