やはらかき土に出くはす螇蚸かな 遠藤容代【季語=螇蚸(秋)】

やはらかき土に出くはす螇蚸かな

遠藤容代

 バッタというと仮面ライダーを思い出す。長いこと仮面ライダーの正体はバッタだと思っていたが、それは誤解だった。Wikipediaによると、オートレーサーの大学生・本郷猛はショッカーに捕らわれ、1週間かけてバッタの能力を持つ改造人間にされてしまったという。その後本郷はアジトを抜け出してショッカーと対決していくのだが、本郷猛を見つけるリサーチ能力に1週間で改造人間を作ってしまうショッカーもなかなかだな。

 家庭菜園の話をしていたら、「バッタが増えて葉を食い尽くしてしまうのでカマキリを持ってきて退治した」という人がいた。近くの草むらにあったカマキリの巣を持ってきたのだという。カマキリの子が孵るところ、見たかった…。カマキリをもってバッタを征する。新興住宅地育ちの私には思いもよらない発想であった。それは効果てきめんだったという。

 我が家の家庭菜園にも青じそやミニトマトが育っている。青じそに隠れてしまうほどの小さいバッタと毎朝出会う。全長で指二節分くらい。蝶や蜘蛛、テントウムシダマシなども見かけたが、やはり断然多いのはバッタ。今は「季語だ!かわいい!」と言っていられるが、そのうち困った存在になっていくのかもしれない。食卓に並ぶ大葉にはたいがい穴があいている。おそらくはバッタが食した後であろう。売るわけでなし、何ら問題はない。

やはらかき土に出くはす螇蚸かな

人間の子どもに追いかけられたのか、螇蚸が跳躍を繰り返している。道路に着地し、草むらに着地しているうちにたどり着いたのは掘り返されたやわらかい土の上だった。

螇蚸が飛ぶのを見るといつも思う。目指している方向に着地できているのだろうか。傍目からはあさっての方に着地しているようにしか見えない。もしかしてそれも敵を欺くための作戦?しかしそのズレに自らのありようが重なり、愛おしく見えてくる。ズレていてもいいんだよ、と言われているような、言ってあげたいような。

 日頃そんなことを考えているのでこの句の「出くはす」には頷けるものがあった。「出くはす」と言っているだけで出会ったものが良いものなのか悪いものなのかが示されておらず、むしろ偶然という色合いが強い。「やはらかき土」というと着地する場所として悪くないようだが、目指してそこに来たのか偶然かといえば後者ということになる。

 「やはらかき」の仮名遣いも効いている。同じやわらかいのでもほくほくとした密度の低い質感である。きめの細かさやなめらかさを伴うやわらかさとは別の部類に属する。

 「良かったね」と声をかけたくなる一場面である。それは思いもかけぬ優しさに触れた時の感覚に似ている。頼ったり甘えたりするのではなく必死に何かをし続けたからこそ出会う優しさは求めても手に入るとは限らないものなのである。

『明日の鞄』(2025年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



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