あはれ子の夜寒の床の引けば寄る 中村汀女【季語=夜寒(秋)】

あはれ子の夜寒の床の引けば寄る

中村汀女


寒さを感じるようになってきた夜、眠った子どもを乗せたまま布団を引っ張ると思いのほか軽い。そのことに心を打たれたという句。

これまで何度も歳時記で目にしてきた名句だけれど、最近とても好きになった。

この句には子どもの小ささと対照的に「大人の大きさ」が描かれている。幼い子どもを簡単に動かせてしまう腕力を持つ存在であり、歴然とした力の差があるということ。そのことが作中主体の意識にのぼって〈あはれ〉の感覚が生じた、と読んでいる。

忙しい日中は〈あはれ〉と思える余裕もなかなかないし、起きている子どもには意志があるから力だけで動かせるわけではない。眠りにつくまで様々に発揮していた元気やら不機嫌やらがスッと消えた穏やかな寝姿を見たとき、子どもはやっぱり子どもであり、そして自分が大人であることを実感する。そのとき改めて落ち着いて子どものことを思うことができる。この句にはそうした心のありようが保存されているように思う。

『自選自解 中村汀女句集』によると、当時6〜7歳くらいだった次男のことを書いたものだそうだ。

末の子の布団は小さい。私の布団のそばに敷かれたそれが、なんだか少し離れ気味なのを見て、私は引き寄せようとした。そしたらその子の布団は思いのほか軽く、すっと私のそばに引き寄せられた。その軽さに私はぐっと胸がつまり、涙がこぼれそうになった。メリンスの赤と黒との大きな絣もようのふとんを着ていた小さかった子供。(p.207)

もうすぐ立冬。夜寒の二字をひっくり返せば冬の季語「寒夜」になる。もしこの句の季語が寒夜でも好きになったとは思うけれど、「夜寒」には日中から夜にかけての気温の変化を感じ取る身体感覚やこれから一段と寒い季節に入っていく予兆が織り込まれている。それは、我が子を近くに引き寄せたくなったさみしさや、もっと成長して軽々とは動かせなくなる日がいつか来るせつなさにどこか通じている。

〈あはれ子の〉と畳みかけるように始まって〈の〉が連鎖していく言葉の運動にも引き込まれた。布団を引き寄せた感触が読者である僕の手にも感じられてくるような臨場感のある一句だ。

『汀女句集』所収。

友定洸太


【執筆者プロフィール】
友定洸太(ともさだ・こうた)
1990年生まれ。2011年、長嶋有主催の「なんでしょう句会」で作句開始。2022年、全国俳誌協会第4回新人賞鴇田智哉奨励賞受賞。「傍点」同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



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