立子句集恋の如くに読みはじむ
京極杞陽
好きな作家の作品を読みはじめるときに生じるときめきにも似た感情が率直に表現されている。純粋な人は尊い。読んで思わずきゅんとした一句だ。今日は大晦日なので新年の句はフライングなのだが、句集未収録で言及されることの少ない掲句について語れるまたとない機会なので取り上げた。
〈立子句集〉とは、星野立子の第一句集の書名である。〈読みはじむ〉は、新年の季語「読初」を動詞化した表現だ。新年の改まった心と頭で立子俳句に向き合おうとする作中主体の健気さが感じられる。
初句〈立子句集〉の六音に畳みかけるような言葉のスピード感がある。俳句について俳句で述べるメタ的な表現でありながら、好きな句集をひもとく楽しいひとときが見えてくるところが魅力だ。
恋の比喩を持ち出したことについては、評価が分かれるかもしれない。僕は一読してきゅんとしたのだが、同時に「杞陽ったら、こんなこと言っちゃって」とも思った。恋に喩えた感情の行き先があくまで句集であるとはいえ、この比喩を面白く思えない向きもあるだろう。僕は作中主体のピュアさに惹かれてこの句を挙げたが、この句について語る言葉は慎重にしなければとも思う。
掲句は「ホトトギス」昭和22年4月号の雑詠欄に掲載された。ホトトギスの句会に精力的に出ていた杞陽は立子と句座を共にすることも多く、立子が杞陽の第一句集の装丁を手掛けるほどの関係でもあった。
昭和12年に刊行された『立子句集』に収められている作品の多くは、その前年である昭和11年に作句を始めた杞陽にとって「知らない時代の作品」だっただろう。そうした作品群を前にしたときに「句友」である以上に「読者」の心持ちになったのかもしれない。また、敗戦を機に東京から兵庫県豊岡に居を移した杞陽にとって懐かしい気持ちもあったのかもしれない。掲句はユーモラスで茶目っ気のある書きぶりなのだが、同時に大真面目な一句であるようにも思えてくるのである。
(友定洸太)
【執筆者プロフィール】
友定洸太(ともさだ・こうた)
1990年生まれ。2011年、長嶋有主催の「なんでしょう句会」で作句開始。2022年、全国俳誌協会第4回新人賞鴇田智哉奨励賞受賞。「傍点」同人。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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