彼岸花みんなが傘を差すので差す 越智友亮【季語=彼岸花(秋)】


彼岸花みんなが傘を差すので差す

越智友亮


会社の帰り道。駅までの道のりを歩いていると、ぽつぽつと雨が降ってきた。少し濡れるけれど、これくらいならまだ平気。傘は手がふさがるし、人とすれ違うときにぶつかるから、できれば差したくはない。しかし、どうしたものか。前を歩いている何人かが傘を差し始めた。私も差した方がいいのかな。いや、もう家に帰るだけだし、この程度の小雨で傘を差す必要はないだろう。そうは思いつつも、もしかしてこの道で傘を差していないのは私だけではないかという不安に駆られ、振り返る。なんと、みんな傘を差しているではないか。これでは、傘を持っているのに、頑なに差さない変な人になってしまう。それから私は慌てて傘を開き、私も皆さんと同じ感覚を持っている普通の人ですよと何食わぬ顔をして歩き続けた。

この「みんなが傘を差すので差す」という感覚。これは、きっと誰しもが共感できるものでしょう。かく言う私も、他人と一線を画す存在でありたいという欲求と、どこか集団には所属していたい、仲間として認めて欲しいという欲求を同時に抱きながらこれまで生きてきました。第二回でお話ししたように、一人称を「我」にしていた小学生時代も、何人組を作りましょうと言われたときに組んでくれる友人は必要だと思っていましたし、クラスで著しく浮いた存在にはなりたくないと思っていました。心の奥底ではそう思いながら、好きな漢字を寄せ書きしましょうという企画で、みんなが「笑」や「楽」と書く中でひとり「零」と書いてみるなど、みんなと違う自分の演出には必死でしたが。

そして、このフレーズに取り合わせられているのは、どこか不気味な見た目で有毒、彼岸の死のイメージもある秋の花の彼岸花です。近寄り難い唯一無二の存在感を放っている彼岸花ですが、実際は道端や人里に近い川のほとり、田んぼのあぜ道などに群れを成して咲く花で、孤高の存在というわけではありません。しかも、調べてみると彼岸花というのは、驚いたことに全国どこに咲いているものでも同じ遺伝子をもっているのだとか。種子を作らず、球根の分裂によって自分と全く同じ性質をもったクローンをつくり繁殖するため、同じ時期に一斉に開花するのだそうです。

この彼岸花の生態を知った上で掲句を読むと、彼岸花の開花と傘を開く様子とが重なり、「みんなが傘を差すので差す」のは私たちであり、彼岸花でもあるのだと気付かされます。もしこれが「みんなが就職するのでする」だとか「みんなが持っているので買う」だと、日常の何気ない行為の中にもその意識が存在するという気づきを得られません。誰しもが共感でき、映像的にもリンクする場面の選択が巧みであると思います。

越智友亮 ウェブマガジン「週刊俳句 Haiku Weekly」2014年10月26日の10句連作「暗」より)

斎藤よひら


【執筆者プロフィール】
斎藤よひら(さいとう・よひら)
1996年 岡山県にて生まれる。
2018年 大学四年次の俳句の授業をきっかけに作句を始める。
第15回鬼貫青春俳句大賞受賞。
2022年 「まるたけ」に参加。
2023年 第15回石田波郷新人賞角川『俳句』編集長賞受賞。
2024年 「青山俳句工場05」に参加。

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2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



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