唐太の天ぞ垂れたり鰊群来 山口誓子【季語=鰊(春)】


唐太の天ぞ垂れたり群来)

(山口誓子

山口誓子の第一句集『凍港』より。

誓子は、1912年に祖父に迎えられ樺太に移住し、豊原尋常高等小学校に転入、1914年に庁立大泊中学校に入学、1917年までの約5年間を樺太で暮らしている。

『凍港』は、樺太で暮らした頃の回想から作られた句が句集の前半に並んでいるのだが、回想とは思えないほど生き生きとした描写力に驚いてしまう。

硬質な文体でありながら、第一句集らしいみずみずしさに、我に溺れない理性も感じられ、さらりと読める句集ではないが、読み終えた時に何とも言い難い心地があり、心に残っている句集だ。

掲句も樺太時代の句であるが、今ぐらいの時期の白い曇天の空だろうか。「唐太の天ぞ」と強く一度切ったことで、唐太の空の重量感と大きさが迫ってくる。
重く漂う天は水平線まで垂れ、大群の鰊の産卵・放精によって白くなった海へと視線が移っていく。
荒涼とした雄大な空に、春の訪れを告げる鰊の生命力。
誓子らしい構成的な句と言えるかもしれないが、構成力を超えた迫力があり、外界へとひらかれている。

「学問のさびしさに堪へ炭をつぐ」「夜を帰る枯野や北斗鉾立ちに」のように、多感な時期を見知らぬ土地で暮らし、その淋しさが表れている句も胸を打ち好きな句であるが、過分な感情が描かれていない掲句の前では、見ぬ土地の雄大な自然、言葉の中に、空っぽになって私もひとり小さく佇むだけである。

山岸由佳


【執筆者プロフィール】
山岸由佳(やまぎし・ゆか)
炎環」同人・「豆の木」参加
第33回現代俳句新人賞。第一句集『丈夫な紙』
Website 「とれもろ」https://toremoro.sakura.ne.jp/


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