新涼やむなしく光る貝釦
片山由美子
8月も今日でおしまい。
本当であれば、この夏は東京オリンピックに浮かれ騒ぐ夏になるはずだった。その「経済効果」を期待して、旅行・観光業ではたらく人たちは、準備をしていたはずだった。
政府はそれを少しでも取り繕おうと、「GO TO」キャンペーンを、人々の生活の安定を図るよりも先に持ち出していた。批判的な議員が、「強盗(ごうとう)じゃないか」と言っていたのは、上手いなと思った。
新型コロナウイルスの感染拡大を気にしながら、不用不急の外出は控えて、計画通りの夏休みを過ごせなかった人も多いはず。
掲句は、必ずしもパンデミックを背景にしていると考えなくてもよいが、現況に照らしていうなら、どこか海の見える街へと夏の旅行を予定していたものの、結局はそれも叶わぬまま、暑さも落ち着いてきてしまった、と読める。
高級ブラウスによくほどこされている「貝釦」は、マダムが作る俳句に頻出のワードではあるものの、「むなしく光る」というのは、いままでに詠まれてこなかった側面かもしれない。
あたかも貝が、海を見られなかったことを悲しみ、嘆いているかのようだ。
「新涼」に対するアンヴィヴァレントな感情もさらりと読み込まれていて、感染に怯えるなかで詠まれた句としては、記憶に残る句であるだろう。
角川「俳句」9月号より引いた。
(堀切克洋)
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