服部崇の「新しい短歌をさがして」

【連載】新しい短歌をさがして【6】服部崇


【連載】
新しい短歌をさがして
【6】

服部崇
(「心の花」同人)


毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都そして台湾へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。


台湾の「日本語人」による短歌

台湾にいきづく短歌の有りようは興味ぶかい。台湾のおかれた歴史・地理が規定しているところが大きいように感じられる。

孤蓬万里、本名・呉建堂は1926年に台北に生まれた。彼は1968年に「台北歌壇」を創刊、主宰した。孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)には、「台北歌壇」に歌を寄せた台湾の人たちの歌がこれらの人たちの経歴とともに紹介されている。( )内は同書に書かれていた生年、没年である。現在では、編著者をはじめ、多くはすでに亡くなっている。

万葉の流れこの地に留めむと生命のかぎり短歌詠みゆかむ  孤蓬万里(1926- )

古稀の山越え去り逝きて寂しさの果てなむ国に親を訪ぬる  洪長庚(1893-1966)

終戦後日本に帰りし教へ子の送り来しカレンダー壁を(にぎ)はす 高秀(1906-1991)

子の声にしかと受話器を握りしめ移民先の模様つぶさに問ひぬ 呉玉梅(1913- )

何時しかに晩寝(おそね)の癖のつきし我日の出知らずの十年を経しか 李嘉欽(1915- )

比翼塚たらむと亡父(つま)のそれに添ひ赤文字のわが墓標を立たす 高淑英(1916- )

三十年の老舗(しにせ)をここに()めむとす言葉少なに夕餉(ゆふげ)に向ふ    江苑蓮(1921- )

外祖父は名家の生れ一妻に四妾を持てど波立たざりき     高阿香(1926- )

同書のあとがきには次のように書かれている。

実際は「台湾歌壇」であるが、創設当時「台湾」の二字を冠すると「台湾独立」のイメージがあって中華民国政府の忌避に触れるおそれがあった。また、「中国歌壇」とすれば、日本の中国地方あるいは中国大陸と紛らわしい。それで「台北歌壇」としたのである。

時代は移る。「台北歌壇」は2003年に「台湾歌壇」に名称を変更している。

「台湾歌壇(第34集、呉建堂創刊第171輯、2021年8月)」には、孤蓬万里(呉建堂)「主宰から或会員へ」が掲載されている。原文はかなり前に書かれたもののようだ。掲載に当たっては、原文の一部分にあった旧仮名や旧字体は新仮名、新字体に統一したとのことである。

① 短歌は詩です。詩情のない報告や屁理屈を一ぱい並べただけの内容や、修身の教科書や訓辞、新聞時評、政治評論の類は一切適しません。

で始まっている。②から⑭まで様々なアドバイスが述べられている。そして、最後の⑮には次のように書かれていた。

⑮ 日本語の文法は短歌によってできたといわれるくらいで、結局昔の人が使わなかったような、作られた日本語はいけません。したがって常に辞典を一冊座右にすべきです。その他日本語の文法の本があれ(ママ)なおよろしい。現在、未だに正式に新仮名に統一するという文部省の国語審議会の通告が出されていないので、短歌は旧仮名、文章は新仮名という一時的措置が守られています。前衛傾向は今のところ台湾で作る環境がないから、しばらくは見合わせた方がいいのではないかと思います。

『台湾万葉集』の序文において大岡信は呉建堂のことを「日本語人」と書いていた。「日本語を恒常的に語り、あるいは書くことができる」(2頁)という人のことを指しているようだ。日本語人には、他の言語をも語ることができ、書くことができる人(バイリンガル、トリリンガル)も含まれる。今後、呉建堂とは異なった時代を生きる台湾の「日本語人」がどのような短歌を詠い続けることになるのだろうか。


【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。

Twitter:@TakashiHattori0

挑発する知の第二歌集!

「栞」より

世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀

「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子

服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典


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