戦艦の生れしドック小鳥来る 稲畑廣太郎【季語=小鳥来る(秋)】


戦艦の生れしドック小鳥来る

稲畑廣太郎


9月ものこり5日となり、いよいよ秋気を覚えるようになった。秋には物寂しい一面があるが、空は高く、晴朗な季節でもある。澄みわたる大空を飛ぶ小鳥は爽快、人間の近くに降りる小鳥は可憐である。戦艦の造られたドックに来た小鳥は、温和であったであろう。掲出の句は、季題を通して、戦争の歴史を前向きに受容する心が伝わってくる。

その句は作者の第4句集『玉箒』(ふらんす堂、2016)所収。ほかに<鎌倉の風に触れたるより虚子忌>、<アニミズムには朧夜がよく似合ふ>、<黒く来て青く去りゆく揚羽蝶>、<古簾越しに女将の真顔かな>、<芋を食ひ短詩型文学を詠む>なども収録。本句集は第2回加藤郁乎記念賞を受賞した。

今から20年前の「俳句甲子園」全国大会に、作者は審査委員長の一人として参加していた。私は甲南高校(兵庫県芦屋市)の選手の一人として出場し、決勝・準決勝戦で作者の審査を受けた。その講評の一つひとつは、今でも胸に焼きついている。

窓開けっぱなしさわやか探究派(伊木勇人)

爽やかや背面跳びは背から落ち(黒田公平)

三男の鎖骨爽やか逆立ちす(中川剛)

銀漢をテゥィモスッソウルに平壌に(岩本裕司)

その大会でのチームメイトの句。遊び心のある句も多く、どれもまことに懐かしい。無邪気に17音を楽しんでいたのであろう。句をつくり、読み、学ぶこと。自然とふれ合い、人間と交わること。その過程を喜びとし、純粋に俳句と向き合うのが私の原点。これからも競い合うためではなく、心の格を高めながら、俳句の幸せの輪を広げていけるように励みたい。

進藤剛至


【執筆者プロフィール】
進藤剛至(しんどう・たけし)
1988年、兵庫県芦屋市生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。稲畑汀子・稲畑廣太郎に師事。甲南高校在校中、第7回「俳句甲子園」で団体優勝。大学在学中は「慶大俳句」に所属。第25回日本伝統俳句協会新人賞、第10回鬼貫青春俳句大賞優秀賞受賞。俳誌「ホトトギス」同人、(公社)日本伝統俳句協会会員。共著に『現代俳句精鋭選集18』(東京四季出版)。2021年より立教池袋中学・高校文芸部を指導。



2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



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