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冬の鷺一歩の水輪つくりけり 好井由江【季語=冬の鷺(冬)】


冬の鷺一歩の水輪つくりけり

好井由江


水鳥の季節がやって来た。月野ぽぽなさんの住むマンハッタンにも、ここ東京二十三区の外れにも。

散歩コースの川にも鴨の数が増えた。隊列を作って泳いだり、水草をせせったり、くるくる回りながら羽繕いをしたり、と彼らの動くこと、動くこと。大根の葉のように流れゆくかと思えば、卒然且つ猛然と来た道を遡る。いやはや見飽きない。

同じ川に鷺のいることがある。アオサギも来るがたいがいは白鷺だ。その純白の姿は否が応でも目を引くので、ついつい立ち止まって眺めるのだが、鴨とは対照的にこれがまあ微動だにしない。ポーズを変えもせず置物と化したかのごとくいつまでも立ち続けている。数羽の鴨がにぎやかに通り過ぎても目もくれぬ。

掲句はそんな鷺が一歩を踏み出したところを描く。

長く華奢な脚を冷たい水に下ろした鷺。永遠に続くと思えるほどの静止の末に、やおら一本の脚を水から抜き、ゆったりと前方に運び、また水に沈める。再び静止。足下に生まれた小さな波紋だけが僅かに今の動きを記録している。

青鷺、白鷺、五位鷺などは夏の季語だが、水辺では一年を通して見かける。だから、便宜上繁殖期である夏に振り分けているだけだと思っていたら、『カラー図説日本大歳時記』(講談社)にはちゃんと「冬鷺」の題が立っていた。それによると、大鷺、中鷺は東南アジアで越冬し、日本に留まるのは小鷺だけだそうだ。足先が黄色いのが特徴です。

そのような補完情報がなくとも、「一歩の水輪」が十分に寒禽としての鷺の姿を伝えてくれる。鷺と根競べするほどの気構えで向き合って、作者はこの言葉を掴み取ったのではないだろうか。一切の修飾を削いだぎりぎりの表現であり、そのストイシズムが冬らしいと言えるのかもしれない。静から動への一瞬を捉えながら、切れ字の響きと相俟って清冽な余韻を残す句だ。

(『青丹』 ウエツプ 2005より)

太田うさぎ


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』


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