
あんずあまさうなひとはねむさうな
室生犀星
すいみん。はてしなくほどよく遠いところで泳ぎたい☆。.:*・゜(泳げないけれど)
あはは、いつものことですよと、わたしを知る人には呆れられてしまいそうですが、今月ははじまって以来とくに……日々が……かなり、地獄的に、ねむたいです。ネムタイです。カタカナにしたらタイ料理屋さんみたいでいい感じです(名物はタイのソーセージ「ネーム」)。冒頭からたい連発で何とはなしにおめでたい、ですね……♪
五月末の連載でもうすぐ梅雨がくるのでしょうねーんなどとかいていたら、わたしの住んでいるところもとうとう梅雨入りになり、曇ったままの、くぐもったままで話すきょう。ねむたいまま、目だけにがんばってもらって、本番の夏まで指折り過ごしてまいりましょうねえ。
☆。.:*・゜
そんなねむたい曇天に負けないぐらいの眠気をかかえた掲句は『室生犀星俳句集』より。
夏の昼下がり、御庭にぼろぼろとなっている杏が、いまにも落ちそうで、赤から黄色のぐ、らでーしょん……すごくすごく魅力的で、いい色にみえる。これはもうきっとおいしいというやつであるなあ。想像しているだけであまい味がひょーんと広がってゆくであるなあ!と、視線をはずして、家の人をみやれば、手もとで動かしていたものはぐしゃくしゃになり、頭がふらふらゆれ、まぶたはぴったり合いそうだ……ねてるの?ねちゃうの?ねていいの?
……そうじゃなくて、ねたほうがいいのかー!と、腑に落ちる。熟れた杏がふに、と落ちる。あなたも、みんなも、こちらも。なんだか、ちょっと、一瞬やすむことがひつよう、ね。毎日の暮らしで、暮らしの背中で、起きているたのしいこと、どきどきすること、めんどうなこと、打ちひしがれてしまいそうなことから、いまは身体をはなしておいで。起きたら、杏のそのあまさをたしかめることにして、睡眠……。
この御庭には、落ちそうな杏のことも、ねむそうな人のことも、脅かすものは居ない。ゆめの庭(でもゆめになっている場合じゃなくて、みなさんの御庭がほんとうに現実にすベてそうだったらいい)。
杏が生っていることも、あまそうだなあと想像することも、人がねむそうにしていられることも、ただひたすらに同じ世界で、守られるべき瞬間なのだと、どう考えても当たり前なことをこの句が十分に、おだやかに実感させてくれる。なんてことないこと—―でもそういう時間があって、そういう時間がよくて、なくてはならない。果実も人もそこにうまれていて、うまれてから起きる大小さまざまなことからみれば、こまかな、こまかな……写真にも残らないほどの時間かもしれないけれど、なんだかひどくなつかしい。現にこうして俳句となってあらわれて、自分のなかにないのに(庭のある家には住んだことすらないのに)おもいだす、夏のゆれる時間。…………。
☆。.:*・゜
作者は、『愛の詩集』『杏っ子』『あにいもうと』など多くの著作を残した作家・室生犀星。明治二十二年に金沢に生まれ、泉鏡花、徳田秋聲と並んで「金沢三文豪」と呼ばれています。
市中をながれる犀川の近くには生家の跡地に建った室生犀星記念館があり、この記念館にわたしは二度ほど訪れたことがあります。
ふき抜けの壁に犀星本の表紙がばーっと飾られているなんとも気持ちのよい場所なのですが、わたしがそこでこまごまとおみやげに買ってきたのは、犀星がかつてともに暮らしていた猫たちをモチーフにした箸置きであったり、犀星と室生家に居た猫・ジイノが火鉢に手をかけてあたたまっている有名な写真のカード(犀星記念館の二階には、犀星にかかわるいくつかの写真から、好きなものを選び、犀星の詩や俳句をいれられるというありがたいマシーンが存在しているのです)であったり、とにかく猫にまつわるものばかり。ちなみに、そのフォトカードに掲句をいれています。だからか、わたしは、犀星のことを思うとき、同じぐらい犀星の猫のことも思います。
犀星は幼い頃から猫をかわいがったり、不潔がったり(あるときは捨てたり)、かなしんだり、感情をゆさぶりながら接していたようです。
掲句をはじめてみたとき、この句の…………どこか他人事な感じ、我関せずなふうでいて、じつはちゃんと、いま、自分の目からみえる範囲の世界のあらゆるを観察している感じは、なんだかとても、猫だ……となったものでした。なんでこんなに、自分はちょっとはなれたところで、何もみていないようにしてぜんぶをみている、みたいな視点のことをかけるのかしら。それは書き手が室生犀星だからに決まっているのですが、数多の作品において、たとえそのひとつひとつに「猫」という言葉は直接登場しなくても、犀星のまわりに暮らした猫たちの姿から、かかれてゆく言葉があったのだろうと感じるのです。
猫の子や既に琥珀の眼は闇に 室生犀星
最後に、もうひとつの杏の句のこと。
句集のうしろに、犀星の長女で随筆家の室生朝子による『杏の句』という文章が収録されていて、これにまた、うーん、うんと考えてしまうなどしておりました。
文章には、雑誌に掲載された犀星の妻・とみ子の句のスクラップを犀星がひとつひとつていねいに原稿用紙に貼り付けていたものを、犀星の死後に娘である朝子が発見した、という話から、とみ子は家事や子どもたちの看病に追われていたので、昼間に座ってものをかくことはなかったが、子どもたちと出かけている道中や、子どもたちが横たわる布団の横で俳句や何かをメモしており、それほどにまでしてかくことが好きだったということや、とみ子が犀星に句の添削を頼み、お礼を述べていたこと、とみ子が病に倒れてからも俳句をかき続けていたことなどが綴られています。
犀星ととみ子のふたりの間に通った愛や、やさしさのさまざまは、記念館でいくつかみていたので、それらを思い出し、そのあたたかさを傍らに想像しつつも、考えたことは、「(とみ子には)書く才がない」と言いながらも、妻の死後に妻の句集を編むとき、犀星は、作家としても詩人としても活躍する夫に俳句を添削してもらうとき、とみ子は、じつのところは、どんな心持ちだったのだろうということで、しかしこれは誰にも本当のことはわからないのでした。
杏 そつとあかみを帯びてうつくしく とみ子
☆。.:*・゜
猛烈にかく人の前で、本当は猛烈にかきたい(が、かけない)人は……目の前で、それをどうしようもできない猛烈にかく人は……。でも、でも、かき続けるということがあるかぎり、なのでしょうか。
ネムイネ・ネムイネという話をしていたはずなのに、またもやこのような激走して消えていくようなかきよう☆。.:*・゜どうしてこうして。あわよくば慣れていただいていますように……(強気2)
(おおにしなお)
【執筆者プロフィール】
おおにしなお
平成十年、東京都生まれ。俳句をかきます。
橋本直さんが〈のこるたなごころ白桃一つ置く〉(小川双々子)について書かれている書はこちら。
