神保町に銀漢亭があったころ

神保町に銀漢亭があったころ【第119回】木戸敦子

聖地巡礼

木戸敦子(「銀化」会員)

「今度上京するときに、連れていってあげるから」。何度この言葉に心躍らせたことか。新潟の飛行場の近くで喜怒哀楽書房という自費出版の会社を営んで18年近く。仕事柄、上京すると俳句をされている方にお会いすることが多く、よって上述の言葉となる。何度かチャンスを無にしたため、期待はどんどん膨らみもはや聖地扱い。やっとその聖地巡礼の時がやってきた。

2018年1月17日、冬の寒い日だった。うれしくて外観の写真を撮る。初の銀漢亭は入口近くのカウンターに座り、左に武田禪次さん、右側に坪井研治さんと池田憲夫さんがいらしたと思う。ある会の幹事をすることになり、その決めの盃的な流れであった。次第に場がほぐれ、カウンターに座った女性と話をすることに。その方は三輪初子さんといい、元プロボクサーの夫と46年にわたり阿佐ヶ谷で「キッチン・チャンピオン」を営んでいたこと、大好きな映画の話題で盛り上がり、出されたばかりのエッセイ集を求めた。隣り合った、もともと縁もゆかりのない方と話をする不思議な楽しさに心が躍った。

お初ということもあり、不用意な動きをしてはいけないと思いつつ、奥で何かが暗躍している気配を感じトイレに立った際に観察する。何やら句会らしきことをしている。立ち飲みをしながらだ。なんだなんだ、いいなここ。

程なくすると、ショートカットの女性が入ってきた。武田さんが「あの人が私の主治医、東京女子医大卒の」と言う。毎週末ランニングをする友だちは東京女子医大卒で、その日の朝も一緒に走ってから上京したことを告げると「紹介しましょう」ということで、その森羽久衣さんと言葉を交わす。「えっ、牧ちゃんの友だちなの!?」と驚き、撮った写真をすぐにLINEで牧に送ると「久ちゃんだ、なんで!?」と大層な驚きよう。一瞬にしてつながった。

どんどんつながり拡がっていく、まさしく銀河のイメージの銀漢亭。もともと飲むことは好きで365日弛まずに修行と思って飲んでいる(ほんとか!?)。もし独り身だったら、もしこの店が新潟にあったら…と思うと恐ろしい。毎日のように繰り出し、家庭が破綻していたかも、と想像する。それとも、同じく365日隣で飲んでいる旦那も足繁く通い、財政も破綻していただろうか。そんな、地方の人間にはまぶしいばかりの魅惑的な店。もうないのであれば、新潟に作ったらいいだろうか。


【執筆者プロフィール】
木戸敦子(きど・あつこ)
1966年新潟市生まれ。金融機関を経て2003年夫と「喜怒哀楽書房」を設立。「銀化」所属。新潟市在住。



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