桐の実の側室ばかりつらなりぬ 峯尾文世【季語=桐の実(秋)】


桐の実の側室ばかりつらなりぬ

峯尾文世

『源氏物語』の第一巻「桐壺」は、〈いづれの御時にか女御更衣あまたさぶらひ給ひけるなかに・・・〉から始まる。帝の側室である女御や更衣には身分差はあるものの、寵愛を得なければ輝くことはない。皇子を生んだからといって中宮(皇后)になれるわけでもない。背後には政治と嫉妬が渦巻く。後ろ盾がいない桐壺更衣は、帝の寵愛を受け、光の君を生むが、側室たちの嫌がらせにより病気がちとなった末に死去してしまう。光の君も臣籍降下となり皇族からは外れる。だけれども、多くの側室の中から選ばれ、帝の深い愛を一身に浴びた桐壺更衣は、幸せであったのではないかと思ってしまう。身分が高くても、一度も愛されずに朽ちてしまう側室もいたのだから。

徳川家康には、20人の側室がいたといわれている。最初の正室である築山殿も継室の朝日姫も政略結婚で、夫婦関係は決して良好ではなかった。子供を増やすためもあったのか、家康の選んだ側室の多くは、さほど身分の高くない若い女性であった。出産経験のある女性もいた。戦で夫を失った寡婦の庇護や新たな所領の情報収集も兼ねていたとされる。時には、才のある女性を軍師のように側に置くこともあった。寵愛の深さは状況によって変わるが、どの側室にもまめな対応をしたとされる。

多くの妻を持つことは権力の象徴でもあった。これは、日本だけのことではない。王権と側室の物語は世界中に残されている。中国玄宗皇帝の皇妃である楊貴妃やオスマン帝国スレイマン1世のハーレムから皇后になったヒュッレムなど、寵妃の物語が目を惹く。どんな美女でもたくさん集まれば、みな同じに見えるものだ。どうやって寵愛を得たのかも気になるが、愛されなかった側室たちの人生も気になってしまう。

大学院時代に国際交流館のパーティーに呼ばれたことがある。そこで知り合った女性は、イスラム教圏の一夫多妻制の国の男性と結婚していた。若さゆえの好奇心からいろいろと質問してしまった。彼女の話では、夫は裕福な家に生れ、慣習により複数の妻を持たなければならなかった。「貴女を幸せにするためならどんな努力も惜しみません」と言われ、旅行気分で訪れた彼の家で盛大な歓迎を受け、夢見心地で異国へと嫁いだ。すでに3人の妻がいることを承知で。夫はいつも優しい言葉を掛けてくれるが、それは他の妻に対しても同じだった。寝室に訪れる日もそれぞれ曜日が決まっている。プレゼントも同等の価値のものが渡される。旅行も全員一緒に行く。つまり、誰か特定の人が贔屓されることはない。妻たちはみな仲が良く助け合って生活しているという。彼女も幸せそうに見えた。たった一人だけ愛されることはないけれども、嫌われることもない。平等だからいいのか。なんとも不思議な世界である。

桐の実の側室ばかりつらなりぬ   峯尾文世

作者は昭和39年神奈川県生れ。上智大学では、近世文学を専攻し大輪靖宏教授に師事。卒業後、上田五千石主宰の「畔」に入門し、新人賞受賞。終刊後は、中原道夫主宰の「銀化」に入門した。伝統的な俳句も新しい俳句も詠める若手として注目される。第一句集『微香性(HONOKA)』の〈春迎へをり写真なき写真立 文世〉〈逃げ水のこちらをむいてくれぬまま 文世〉は、恋の孤独をほのかに匂わせた描写が見事である。〈色欲の剝がれ剝がれて海月かな 文世〉〈冬日透く詩に婉曲は許されず〉は、大胆なようでいて深く刺さる表現である。第二句集『街のさざなみ』では、研ぎ澄まされた感性にしっとりとした抒情が加わる。〈折鶴のふつくらと松過ぎにけり 文世〉〈ひとり佇たせて夕凪は聞き上手 文世〉〈大年のソファーに深き海ありぬ 文世〉。大人の女性の余裕を感じさせる詠みぶりである。〈でで虫の月に生まれて嫁がざる 文世〉〈待宵や仮病をうつされてしまふ 文世〉もまた、淋しさを可笑しみに変えて詠む余裕がある。俳諧研究を経て「畔」のもとで写生を学んだ作者には、ものを冷静に描写する視点があった。さらに「銀化」の自己に引き付けた上で斬新な表現を生む技術が加わってゆく。

掲句は、桐の実が同じ大きさで連なり一つの房をなしているのを見て〈側室〉を思い浮かべたのだ。桐は高貴な花である。身分の高い側室なのだ。花ではなく実に注目したところも見事である。花の時期を過ぎ、ある程度の年齢に達した側室を思わせる。作者の見た桐の実には、ひと際大きな実は無かったのだろう。みな、ふっくらとした美しい形で青々と艶めいている。陽は均等に当たり、尖った尻が四方を照らし整合性の取れた形状をなしている。桐の実は、晩秋になると裂けて小さな白い種を吐く。その一粒一粒は蝶のようにひらひらと舞う。風が吹くと木に付いたままの桐の実は、からからと音を立てる。その賑やかさも側室のようだ。

〈側室ばかり〉なので正室や寵妃がいないのも意表を突かれる。人は無意識に何かを選ぼうとするものである。花でも実でもどれか一つに絞って眺めるものだ。帝の視点ではなく、後宮を眼差す一般人としての視点が掲句の面白さである。側室ばかりだとは思いつつも、その中の一つにならなくて良かったとか、私だったらといった気持ちも垣間見える。

昨年、9人の女性と一夫多妻の生活をしていた74歳の占い師の男性が逮捕され話題となった。その男性は、17年前にも脅迫の疑いで逮捕されており、当時は11人の女性と暮らしていた。女性達は働いて収入を得る者と家事をする者などそれぞれ役割が与えられていた。年齢も幅広かったという。女性同士が愛を競い合って揉め事を起こさないよう何か暗黙のルールでもあったのだろうか。

また、今年になってからは、札幌で4人の女性と暮らす男性が注目を浴びている。多くの女性に自分の子供を産んでほしい、53人の子供を作った徳川家斉を超えたい、などと語っているらしい。当初は女性達の稼ぎで暮らしていたが、最近では動画配信やSNSの収入で賄っているという。写真の妻達の顔はぼかしで分からないものの、似たような雰囲気が漂う。男性の好みなのだろう。やはり、それぞれに役割分担があり、平等に接しているようだ。

本来、ハーレムは種族保存のためにある。だが人には感情があり、恋をすれば嫉妬もする。それでも女性が合意のもとで一夫多妻の生活を営んでいるのであれば、批判をする必要もない。古来より女性達は、男性が狩りや戦で留守の間は、お互いに助け合って村を守ってきた。女性は、順応性や協調性が高く共同生活に向いているのだ。以上のことから、現代でハーレムを作る条件は、役割を与えることと平等に扱うことだ。桐の実のように同じ大きさで暗黙のルールで連なっていなければならないのだ

篠崎央子


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【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


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