いじめると陽炎となる妹よ 仁平勝
妹という存在は、兄からすると少々厄介である。後から生まれたくせに可愛がられるから、いじめたくもなる。何をさせてもぐずぐずしていて、些細なことですぐに泣く。棒切れ遊びもキャッチボールもできない。わんぱく盛りの男の子としては、苛々してしまう。子供の頃は、自分よりも年少の子に泣かれると暑苦しく感じてしまうものだ。妹もまた、泣くと怒られることを知るようになると、涙をにじませたまま黙ってしまう。感情を押し殺して佇んでいる姿を〈陽炎〉として捉えたのだろう。遊んでいる野原や路地の陽炎に同化して、存在を曖昧にしようとする妹。そんな健気な姿を見て、初めて湧く罪悪感、ぼんやりとした哀しい気持ち。兄の心情もまた陽炎なのだ。
いつしか、妹は守らなくてはならない存在であることに気付く。雨の日には、傘を持って迎えに行ったり、妹に合わせた遊びを一緒に楽しんだりするようになる。ただ、いじめても無条件で兄を慕う存在でもあるため、手下という認識がどこかで残る。慕われ続けるために、自分を大きく見せ、いつまでも子供扱いをする。
兄と妹は、同世代の異性であり、良い所も悪い所も理解し合える存在だ。神話の夫婦の始まりが、イザナギとイザナミの兄妹であったように、理想の男女となる。と同時に、近親相姦を避けるための本能から、似て非なる人を恋愛対象にしようとする。妹は兄に似た人を探しつつも、兄と違う一面を持つ人を好きになり、兄は妹とは違うタイプの人を探し、似た一面を見付けては非難する。これもまた、私の思い込みによる見解である。
私が妹のいる男性との恋がうまくいかなかったのは、その人の妹に似た一面があったからなのだろう。だから、いじめたくなった。泣きそうな顔をして堪えている姿も苛立ちを増長させたのだ。あるいは、否定的な発言をしても慕ってくれると思ったのだろうか。別れる時に強気な態度を見せたら追いかけてきてくれた。私がしっかり者の姉さんタイプであれば、うまく付き合えたのかもしれない。でも、妹キャラは生涯変えられない。
(篠崎央子)
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【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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