また、付近の山々に棲む野鳥の句の描写が優れている。青鵐(あおじ)や猿子鳥(ましこどり)、紅猿子(べにましこ)などの渡り鳥も季語として詠むだけでなく、生活のなかでの発見も詠み込んでいる。
暗き枝の絶えずゆれをり鳴く青鵐
火山照り青鵐の古巣雪を出づ
見返りの古塔淋しと猿子鳥鳴く
落葉焚く人を呼ぶなり紅猿子鳥
身近な鳥に対しては、写生を越えた詩情のある描写が魅力的である。
揚げひばり雲の泉をめざしつつ
尾の力抜いて頬白囀れり
ひらひらと翔けて鷹鳴く戻り梅雨
花鳥諷詠だけでなく、人生写生もしっかりと詠んでいる。医師としての句には、臨場感がある。
医師迎ふ仔豚の顔や流感期
渚踏むごとし寒夜の看護婦は
病む人に白き嘘言ふ朝ぐもり
家族もまた、季節のうつろいとともに詠まれ味わい深い。客観的な描写が魅力の作家ながら、家族の句には実感が籠っており、高く評価された。
夢浸す葉月汐吾子生れけり
父といふ世に淡きもの桜満つ
姉泣けば妹も涙の朝ぐもり
勿忘草蒔けり女子寮に吾子を入れ
薄明に妻着替へをり白露けふ
妻が掃く落葉の山の一夜城
春嵐親にそむきしことあらず
音楽が好きであったことも知られている。聴覚から視覚へ、そして感覚へ転換する表現技法は、山野の動植物の描写に通じるものがある。
オーボエ奏者海藻のごとゆれて夏
憑かれ飛ぶ黒き揚羽やシューマン忌
バイオリン・ソナタ秋思を奏でけり
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