【冬の季語】息白し/白息

【冬の季語=三冬(11月〜1月)】息白し/白息

【解説】突然ですが、クーイズ! 南極で息を吐くとどうなるか? はい、そのとおり正解です。白い息は、出ません。

「白い息」は、雲や霧と同じように、空気中の微粒子を核として水分が集まってできたもの。南極などには空気中にチリやホコリが浮いていない、つまり空気が澄んでいるので、水滴の核がなく、白い息は見ることができません。ちなみに白い息は気温が-50℃くらいになると、瞬時に口もとで凍るらしい。

とある歳時記には「大気が冷えることによって吐く息が白く見えること」とあるのですが、なかなか不明瞭な書き方ですな。

そういえば、文楽・歌舞伎の「寺子屋」(菅原伝授手習鑑)に「物も得いはず青息吐息、五色の息を一時に、ほっと吹出す計也」というセリフがでてきますね。「五色」は万物ということなので、力をだしきって、へとへとになって吐く息といったところでしょうか。口からたましいが出ちゃいそう。佐山哲郎に、〈その息の白いたましひつぽいかたち〉があるけれど。

そう思うと、江戸期までの作品には、冬の寒い日に口から吐く、というような描写が思い出せない気もします。探せばあるのかもしれませんが、当時は防寒具も十分じゃないし、家のなかだって寒ければ息が白かったのではないかと。そう思うと、「白い息」を楽しむというのは、生活の余裕、文化の余裕がまず前提にあるようにも思えてきます。

そうそう、正岡子規には「息白し」で作った俳句がひとつもないんですね。虚子には、〈橋をゆく人悉く息白し〉がある。

ところで、俳句をやっていない人には些細な問題に思われるかもしれませんが、この季語にはひとつ問題があって、それは人間以外の「白い息」にも使ってよいかどうか、ということ。

とある歳時記には「犬や馬も他人も自分も息を白く吐いている姿は、いかにも生きているという感じである」とあり、要は、人間がほかの動物たちと同列のものとして感じられる瞬間をよろこぶ、というニュアンスが汲み取れます。

しかし、別の歳時記を見ると「季語としては人間の息についてのみにいい、馬や犬など動物については使わない」とはっきりと書かれています。

うーん、どちらを信じればよいのでしょうか。

「馬や犬など動物については使わない」理由は、はっきりとは書かれていませんが、ひとつにこれは「人事」に分類されてきたから、ということがあるのだと思います。「人事」なのだから「人」なのだ、以上、みたいな。

しかし分類はあくまで分類であって、適当な分類がなかったともいえますし、そもそも先に書いたように、「白い息」に着目するということ自体が、とても人間的なまなざしです。そこには、ロマンさえ感じられることがあります。

つまりここには、人間を特別なもの、特権的なものであると見なすかどうか、という哲学が横たわっているようにも思えてきます。馬といっしょに生活にとってみれば、その馬は家族のようなものでしょう。それは大袈裟な話ではないはずで、その馬の吐く白い息が美しいと感じる感性を、俳句の外に追い出す権利は誰にもないのではないか、と思ってしまったりもします。

「馬や犬など動物については使わない」というのは、いわば「本意」中心主義、「正しい季語」という考え方、一種のカルチャーセンター的教養主義です。それらを徹底することによって、「美=いい俳句」の基準を設定できます。誰もが安心して、納得する基準のある俳句。それは、ひとつの考え方ですね。

でも、そもそもわたしたちはどうして「白い息」を美しい、愛おしい、と思ってしまうのか。それは文化的な刷り込みなのかもしれません。しかし文化とは単なる慣習ではないはずで、「白い息っていいよね」と最初に思った人たちの感性をこそ、つねにアップデートしていくことでもあるように思います。あえて対照的にいうなら、そうした答えのない「学び」を可能にするのは、カルチャーセンターではなく、「大学」的な知のあり方、なのかもしれません。

【関連季語】咳、嚏、水洟、風邪、湯冷めなど。


【息白し(上五)】
息白しわれとわが袖かきいだき 久保田万太郎
息白し人こそ早き朝の門 中村汀女
息白しポイ捨て御免合点だ 阿波野青畝
息白しいつまで残る明星ぞ 中村草田男
息白し酔ひてもサラリーマンの貌 草間時彦
息白し懺悔の後と思はれず 鷹羽狩行
息白し汽罐車がわが前にゐて 鷹羽狩行
息白し説法辻にもの言へば 鷹羽狩行
息白ししづかに吐いてみても白し 加倉井秋を
息白し河原の石を拾ふとき 森賀まり
息白し大熊猫のたはむれて 山下彩乃

【息白し(下五)】
橋をゆく人悉く息白し 高濱虚子
中年の華やぐごとく息白し 原裕
家を出る門を一歩の息白し 高浜年尾
戦あるかと幼な言葉の息白し 佐藤鬼房
花賣の言葉は大人息白し 杉本零
道曲り一人となりし息白し 嶋田一歩
いづれが虚いづれが実の息白し 岩崎照子
鴃舌(げきぜつ)の「ディッヒ」「リッヒ」と息白し 鷹羽狩行
法楽や仮面を這つて息白し 矢島渚男
星雲を蔵して馬の息白し 高野ムツオ
無事のみを伝へし電話息白し 戸恒東人
声もろとも来て鵯の息白し 蓬田紀枝子
キス終へし二人ひときは息白し 森田純一郎
泣き止まぬ子もその母も息白し 柏原眠雨
善哉をたべて互みに息白し 長谷川櫂
長崎のにんげんの丘息白し 夏石番矢
唇に夜となりつつ息白し 依田明倫
台詞無き村人Bの息白し 矢野玲奈
パン種を叩きつたけたる息白し 矢野玲奈
義仲の最期のくだり息白し 鎌田俊
息白し黙せばさらに息白し 木本隆行
切株のまはりの木々や息白し 佐藤文香
原爆ドーム明るし犬の息白し 樫本由貴

【息白し(その他)】
誰よりも我が息白し女を待つ 右城暮石

【白息】
伐折羅吐きたまふ白息なかりけり 阿波野青畝
みほとけのまへ白息のわれかすか 野見山朱鳥
未完成の船の奥にて白息吐く 西東三鬼
黒牛の腹の底より白息吐く 殿村莵絲子
基地の夜や白息ごもりにものいうも 古沢太穂
めざむよりおのが白息纏ひつつ 橋本多佳子
泣きしあとわが白息の豊かなる 橋本多佳子
わが書きし字へ白息をかけておく 加藤楸邨
五十とや白息吐いてきよろきよろす 石塚友二
馬の鼻孔の大きさよ白息に濡れ 能村登四郎
白息を掌にかけて今日はじまりぬ 石田波郷
白息の駿馬かくれもなき曠野 飯田龍太
白息のゆるゆる読むや虚子句集 川崎展宏
愛盡す妻の白息耳の辺に 小林康治
枯山水見て白息を肥しけり 百合山羽公
白息やこの木より蛇落ちきしと 宇佐美魚目
マイクロフオン白息強く当てて験す 田川飛旅子
白息の太き行方や海の虹 鷲谷七菜子
白息のあたたかかりし昔かな 今井杏太郎
わが澄むまで白息かけて鏡拭く 大石悦子
わが身からこの白息ぞオホーツク 大石悦子
山国に来て白息を言ひ合へり 大串章
身籠りてより白息の濃くなれり 木内怜子
白息のゆたかに人を恋へりけり 藺草慶子
白息のとどかぬ距離でありにけり 谷口摩耶
この亀裂白息をもて飛べと云ふ 恩田侑布子
白息で来てサツクスをふき鳴らし 高橋博夫
白息やよく燃えさうな小屋の中 大塚凱

【息白く】
息白くやさしきことを言ひにけり 後藤夜半
息白くいささか年を取りながら 京極杞陽
息白く恐れげもなく答へたる 星野立子
息白く妻が問ふよく寝ねしやと 日野草城
ある夜わが吐く息白く裏切らる 加藤楸邨
息白く泣けば女体はぬくもらむ 加藤秋邨
息白く生くる限りは浄土なし 鈴木真砂女
荒涼たる星を見守る息白く 野澤節子
息白く細しく何か諭しゐる 鈴木貞雄
息白く寄ればゆらぎて空也像 宇佐美魚目
息白くしてキリストにものを言ふ 鷹羽狩行
息白くして愛しあふ憎みあふ 鷹羽狩行
息白く丑三つにもの申すなり 宇多喜代子
息白くうれし泪となりしかな 阿部慧月
死者の他みな息白く門を出づ 仲寒蟬

【息白き】
息白き吾子に別れの手を挙ぐる 日野草城
息白き子のひらめかす叡智かな 阿波野青畝
ぬけぬけと息白き嘘をとこなり 稲垣きくの
一歩でも百歩でも息白き街        星野高士

【白き息】
白き息はきつつこちら振返る 中村草田男
白き息稀には虹となるべかり 相生垣瓜人
ながく深く白き息して身ごもれる 長谷川櫂

【息の白さ】
恋人と息の白さを競ひあふ 山崎十生

【息/白】
わが息のかすかに白く生きるはよし 山口誓子
ありありと吐き白むべき息あはれ 相生垣瓜人
人の世に戻りての息また白し 能村登四郎

【その他】
元日の白息を見す赤子かな 岸田稚魚
雁をわが白息の上に見し 杉山岳陽
攀ぢり来し白息洩らす冬紅葉 能村登四郎
三月の息の白さの山あそび 岡本眸
息白きまで菖蒲田の冷ゆること 岸本尚毅


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