読み終へて本に厚さや十二月
鈴木総史
本を読み終え、パタン、と背表紙を閉じて、そのままなんとなくその本を見つめている。
手のなかには、読み終えたばかりの本そのものが存在していて、手のひらは、今まで1ページずつコツコツと読んできたその本の「厚さ」を捉えている。
厚さの正体は、たくさんの活字だ。
本の中の活字が、自分の中のいくつかのフィルターを通って、脳内に知識や感情として蓄積された事後の感慨。頭の中にひとつ新しい引き出しが増えたような、無敵感にも似た心地かもしれない。
一冊を無事読み終えると、なんともいえない充足感や達成感が満ちていくのは、多くの人が経験したことのある感覚だと思う。
本を買った瞬間ではまだわからない、積ん読している間にも味わえない、読み終えたときにだけやってくる感情を、掲句はただそのなんとなくの感覚だけでなく、もう少し実感値の高い状態で見せてくれた。
それにより、読者も同じような「あの」感覚を、追体験できたのだと思う。
読み終へて本に厚さや十二月 鈴木総史
〈厚さ〉というくらいなのだから、ペラペラの冊子ではなく、ある程度読み応えのある本なのだろうと想像がつく。
何日もかけて読んだのかもしれない。表紙や背表紙には、小さな傷や凹みがあるかもしれない。
どこか印象的なページに、開きグセがついているかもしれない。物理的にも心理的にも「自分のもの」となった一冊の、〈厚さ〉を感じている。
〈厚み〉ではなく、〈厚さ〉なのが、とてもいい。
そしてそれを切れ字「や」により確かなものに高めているところにも強く惹かれる。
〈厚み〉〈厚さ〉の言葉自体の意味は「物体の一面から、反対側の面までの距離」でほぼ同じ。
〈厚み〉は、厚いと感じられる状態、感覚に近い雰囲気がある言葉で、実際の厚みとして使われる以外に「話に厚みがある」など抽象的な使い方もされる。
対して〈厚さ〉は、そのものがどのくらい厚いのか、その程度を示す場合に使われることが多い。「厚さ何cm」のように、具体的な数値を伴うことの多い表現方法だろう。
もしも掲句が〈厚み〉だと、「こんなにたくさんのページがある本を、自分はここまで読み切ることができたんだなあ…」というような、しみじみしたイメージに傾くが、ここが〈厚さ〉であることで、もっと客観的に淡々と、物体としての厚さに焦点が絞られるような気がするのだ。
そんな、具体的な数値を伴う場合によく使われる〈厚さ〉という表現に取り合わせた季語が、〈十二月〉である。
本の具体的な厚さには言及していなくても、下五にこうして数字がすっと、自然なかたちで出てくることで、中七の清明さがグッと立ち上がってくる。
今、読み終えた本の厚さ。その本を読むのに要した時間や日数。
そして、この一年間過ごしてきた、日々の厚さ。
「目の前にあるけれど数値化されていない」本の厚さと、「数により数値化されているように見せかけて、目には見えない」十二月。
数であるのに数でないものをふたつ、淡々と並べて軽やかに一句にまとめ上げたことで、作中主体のなかにある「今」の満ち足りたものを浮かび上がらせた。
そうか、本を読み終えたあとのあの充足感は、言葉にするとこんな感じだったのか。
知っているはずの感情を、改めて言語化してもらえたことで、すっと腑に落ちる。
鈴木総史さんの第一句集『氷湖いま』。
表題句である〈氷湖いま雪のさざなみ立ちにけり〉をはじめ、北海道のこと、北の大地と湖のことを明るく広く詠んだ作品が並ぶ。付箋だらけの句集から、好きな句を厳選していくつか。
地吹雪のなか詩にならず死にきれず 鈴木総史
ほほざしや宅配便が夜を来る 同
雨音は雨におくれてリラの花 同
夏の風邪あらゆる扉やや重く 同
街の灯のゆらいで初雪と気づく 同
かがやきの足らぬ蜜柑がどつと来る 同
とんばうや蝦夷にあをぞらあり余る 同
みづうみに輪郭のある初氷 同
短日の家まで着かぬバスばかり 同
苗札やまぼろしの蝶ならば追ふ 同
濡れてより長屋のにほう雪解かな 同
凍港や漁船はうるはしく干され 同
北海道の観光情報誌を読んだり、それっぽい映像を観たりするよりもずっと、行ってみたいと心から思わせてくれる、そんな句がたくさん並んでいて、読むたびに広々とした気持ちになれる句集だ。
読み終へて本に厚さや十二月 鈴木総史
句集『氷湖いま』所収。
もうすぐ、2024年最後の月となる十二月を迎える。
(後藤麻衣子)
【執筆者プロフィール】
後藤麻衣子(ごとう・まいこ)
2020年より「蒼海俳句会」に所属。現代俳句協会会員。「全国俳誌協会 第4回新人賞 特別賞」受賞。俳句と文具が好きすぎて、俳句のための文具ブランド「句具」を2020年に立ち上げる。文具の企画・販売のほか、句具として俳句アンソロジー「句具ネプリ」の発行、誰でも参加できるWeb句会「句具句会」の開催、ワークショップの講師としても活動。三菱鉛筆オンラインレッスン「Lakit」クリエイター。
2024年より俳句作品を日本語カリグラフィーで描く「俳句カリグラフィー」を、《編む》名義でスタートし、haiku&calligraphy ZINE『編む vol.1』を発行。俳句ネプリ「メグルク」メンバー。
デザイン会社「株式会社COMULA」コピーライター、編集者。1983年、岐阜生まれ。
note https://note.com/goma121/
X @goma121
Instagram @goma121 @amu_maiko
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2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
【2024年11月の火曜日☆友定洸太のバックナンバー】
>>〔1〕あはれ子の夜寒の床の引けば寄る 中村汀女
>>〔2〕咳込めど目は物を見てゐてかなし 京極杞陽
>>〔3〕冬の虹忘れてそして忘れ去る 藤井あかり
【2024年11月の水曜日☆後藤麻衣子のバックナンバー】
>>〔6〕うれしさの木の香草の香木の実の香 黒田杏子
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【2024年11月の木曜日☆黒澤麻生子のバックナンバー】
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>>〔7〕母の目の前で沸かして湯たんぽへ 守屋明俊
【2024年10月の火曜日☆千野千佳のバックナンバー】
>>〔13〕曼珠沙華傾くまいとしてをりぬ 橋本小たか
>>〔14〕世直しをしてきたやうないぼむしり 国代鶏侍
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【2024年10月の木曜日☆黒澤麻生子のバックナンバー】
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