ふらここの音の錆びつく夕まぐれ 倉持梨恵【季語=ふらここ(春)】

ふらここの音の錆びつく夕まぐれ

倉持梨恵

小学生の頃は毎日雲梯にぶら下がっていた。鉄棒でも回りまくっていたので逆上がりができない意味がわからなかった。大車輪は一度だけできた。手の豆がつぶれてもぶら下がらずにはいられなかったあの衝動は何だったのだろう。ぶらんこを漕ぐにも限界の高さを追求していた。

当時一番よく遊んでいた公園をストリートビューで見てみたら一番大きかったロケット型のすべり台がなくなっている。それがあったからロケット公園と呼んでいたのに、マップ上の呼び名は地名に由来する名前となっていた。

あの頃はどこにでもぶら下がりまくっていたが、今ではまだ自分がぶら下がれるかどうかを確認するにとどまっている。そしてもうひとつ、季語なのでぶらんこに座りたい気持ちは止まらない。人目がなければ大きく漕いでみるが、あの頃のワクワクとは異質なものになっている。むしろ少しだけ漕ぐ方がじっくり句作に取り組むことができる。

考えてみれば、子どもの頃と同じように感じる必要はないのだ。公園が形を変えても、自分の感じ方が変わっても、今の楽しみ方を享受できればそれは幸せなことなのだから。

ふらここの音の錆びつく夕まぐれ

音が錆びつく。聴覚的情報を視覚的に描いているようだがそればかりではない。錆びた金属の摩擦音は文字通り錆びた音なのである。しかしこの句の世界では夕暮が訪れたことがきっかけで音が錆びついたように感じられる点にポエジーがある。

それはまるでぶらんこを漕ぎつつ考え事をしていたら日が沈んできて、それによって思考まで沈んでしまったかのようである。沈むといってもぶらんこなのでどん底までいくことはない。音が錆びつくのも思考が沈むのも一瞬のこと。そしてもう一度錆びついた音をたてるとき、体と思考は上昇するのだ。

「(夕まぐれ)夕間暮」は夕暮れのことで、特に夕方うす暗くてよく見えないことをさす。「まぐれ」は目暗の意味で、「間暮」はあて字である。夕暮れや夕方よりも味わいがあるのはそれらの言葉よりも少し暗さを感じるためだろう。使ってみたい言葉の一つだが、言葉自体が格好良すぎてなかなか手がでない。この句の場合は「夕まぐれ」以外の言葉が平明だからこそ下五にスポッとはまったのだ。うす暗い空気感が耳を敏感にさせているニュアンスも醸し出している。

著者の倉持梨恵さんは寺澤始さんと共に俳人協会の若手句会仲間にして初句集同期。しかも3人とも「ふらんす堂」にお世話になっており、句集刊行前後には情報交換したものだ。今でもそれぞれの近況に一喜一憂している。

『水になるまで』(2019年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



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