夏蝶や覆ひ被さる木々を抜け 潮見悠【季語=夏蝶(夏)】

夏蝶や覆ひ被さる木々を抜け

潮見悠

縁あって「麒麟」2025年春号を落掌。この号には潮見悠さんという俳人の句集が誌上掲載されている。潮見さんを語る主宰の言葉は過去形だ。後ろ姿の写真にぐっと引き込まれる。俳句にまっすぐに向き合っているその句集からは衣擦れのような優しい音を感じた。この作品群について色々な人と語りたいと思った。

面識もなく麒麟誌友でもない自分がこのような領域に手を出して良いのか。仲間同士の集まりにずかずかと踏み込んでいくようでためらわれたが、胸のうちにしまっておくよりも一人でも多くの人に読んでもらうことの方が掲載の意図にかなっているとの思いに至った。

潮見さんが最後に参加された対面句会は江東麒麟会とのこと。江東区砂町生まれの身には江東区に関連するキーワードがどうしても引っかかる。その頃の記憶はないのだが心の根っこにそこは大事な場所ということだけは植え付けられているようだ。そのあたりも無視できなかった理由のひとつである。

夏蝶や覆ひ被さる木々を抜け

「覆ひ被さる」に重量感がある。ただ茂っているだけではなく、覆い被さって夏蝶の行く手を遮っているのだ。それは世間全般の雑事と受け取ることもできる。しかしこの句の主眼は夏蝶。覆い被さる木々は、それを抜けて思い切り羽ばたく夏蝶の解放感を増幅させるための引き立て役なのだ。

覆い被さられて大変だと嘆くよりもその後に思い切り飛び回る喜びに目をむける。この視点の置き所こそ多くの仲間に愛された理由なのかもしれない。

ほかにも好きな句を。

そら豆をむけばおほきく光りたり

みな海を見てゐる冬のモノレール

妹の運転荒し青田風

沈丁花雲の流れに手をかざし

息を吐くやうに電車の来る余寒

この原稿を書いていたら窓の外に夏の蝶。見ず知らず同士そんなはずはないけれど、潮見さんが励ましてくれているのかもしれないと勝手ながら喜んでいる。

「麒麟」2025年春号掲載「潮見悠句集」より。

※「潮見悠句集」は「屋根裏バル鱗kokera」でもお読みになれます。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



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