小春日や石を噛み居る赤蜻蛉 村上鬼城【季語=小春日(冬)】

小春日や石を噛み居る赤蜻蛉

村上鬼城

 高崎に行くのはカウントミスがなければ9回目。群馬県立女子大学でのキャリア講義に今年も行ってきた。大成功を収めた人、というよりは学生に身近な存在の現役社会人女性を呼んで学生のキャリア支援の参考になる話をし、「このくらいだったら私にも出来そうだから頑張ろう」を促すのが趣旨。研究の結果「しくじり先生」となるのが一番良さそうなので今年も人生の大失敗を色々と披露し、そうならないためには学生時代にこれをやっておけばよかったという話を前向きな感じでしてきた。

 せっかくの機会なので自費で一泊して赤城山や榛名山に行ってみたこともある。去年は草津白根山に登ろうとしたら火山活動が見受けられるため入山規制中であることを着いてから知った。現地で教えてもらった「永井食堂」でもつ煮定食を食べて終了。慣れない山に登る時は活火山かどうか、そして活動開始していないかの確認が欠かせないようだ。

今年は休みがとれなかったので高崎OPAの7Fにある「サブリナ パスタ&クラムチャウダー」という店でパスタを堪能した。久々のきちんとしたアルデンテ。それもまた良し。

せっかく毎年高崎に行っているのに村上鬼城記念館にはまだ行けていない。講義が木曜日なのに対して記念館の開館日は金曜日・土曜日・日曜日・祝日(年末年始除く)だからだ。生誕160年の今年一泊して行くべきは記念館だった…いやそもそも休みたかった…。

小春日や石を噛み居る赤蜻蛉

 小春日の暖かさはこの世界に自分の存在を許されている感じがして生きとし生けるものへのまなざしも優しくなる。赤蜻蛉は石にとまっているだけなのだが、じっと観察しているとその蜻蛉が石を噛んでいるように見えてきた。いや、これはもう齧っている。この蜻蛉にも自分と同じような屈託があるのだろうか。赤蜻蛉が石にとまる感じは軽やかなのに対し、石を噛むという措辞は赤蜻蛉の存在感を深く刻みつける描きようである。赤蜻蛉の軽さに対し石の抗いようのない強さ、硬さが噛むという行為の虚しさを際立てている。その姿には当然作者自身の姿を重ねていることだろう。

 鬼城は耳を病み人生の選択であきらめざるを得ないことも少なからずあった。聴覚に制限があるなか視覚に訴える赤蜻蛉は眩しく映ったのではないだろうか。石にとまっているのだからその赤はより一層強調される。
 「ホトトギス」大正三年一月号で初の巻頭をとった作品。

 講義終了後、拙句をどこかで見つけて予習してきてくれている学生がいた。その鑑賞は鋭く、これからも句座を共にしたいと思った。教壇に立つ直前まで石を噛むような思いもあったが、俳句に救われた小春の一日となった。

『鬼城句集』(1917年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



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