春暁の眠るでもなき刻しばし 吉田成子【季語=春暁(春)】

春暁の眠るでもなき刻しばし

吉田成子

  俳句を始めたきっかけは、息子が発した「青い夕焼け」という言葉を残すためである。まだ成功してないけれど。絵画・書道・音楽から小説までどうすれば言い回しそのものまで残せるかを比較検討し、最後は短歌との決戦になったが「世界一短い定型詩」というストイックさに魅力を感じて俳句に決めた。ストイックが良いといいつつあれもダメこれもダメと言われるのが嫌で、最初は独学だった。ブログで発表して何人かの人に褒めてもらっていい気になっていた。
 そんな当時の自分にぴったりだったのが角川『俳句』で実施していた通信添削。毎回別の先生に見ていただいていた。添削例で取り上げられたのが総合誌に載った最初の俳句かもしれない。全句にコメントと、ほぼ全句に添削が入り、総合的な講評もあり、真っ赤になって戻ってくるのが楽しみだった。
私の記憶では、吉田成子さんはその時の先生の一人である。
初学の頃過ぎてどんな指導だったのかはあまり覚えていないが、添削の結果が見事だったことだけはわかった。多分だが、無意識のところで吉田成子さんの影響は受けているはずなのである。

春暁の眠るでもなき刻しばし

 春眠にも暁を覚えることがある。暖かくなると睡眠が深くなるのか朝早く目覚めることも珍しくない。年齢のせいかもしれないけれど、そんなことはどちらでも良い。空が白んでいるのに街にはまだ灯りが残っているのを窓から眺めるのはなんとも幸せな時間だ。
 「眠るでもなき」なので眠るでもなく、かといって活動開始するわけでもない。朝食の支度をするにはまだ早く、もう少し睡眠をとりたい。といっても眠りに落ちるまでの時間が少しある。どうしようもなく眠くて二度寝してしまうのとは別の感覚だ。もう少し柔らかく、贅沢なひとときを味わっている。
 「刻」の字を選んだのは「春宵一刻値千金」を意識してのことだろう。春宵はもちろん最高なことに間違いないのだが、作者は春暁こそ千金に値すると感じたのだ。しかも春宵は意識していればいくらでも感じることができるが、春暁のこの時間は体調もタイミングも万全でなければ享受することができない。
 「青い夕焼け」という言葉を聞いたのはいつのことだっただろうか。日は沈んだのだがまだ空は青く、雲が真っ赤に照らされているのを見て出てきた言葉だった。この状況は散文でもコンパクトに説明するのが難しく、そもそも夕焼けに対して「青」というのは無理がある。句にはならないが、あの出会いを思い出す時間は値千金なのである。

『昨日今日』(2025年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


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