ふくらかに桔梗のような子が欲しや 五十嵐浜藻【季語=桔梗(秋)】


ふくらかに桔梗のような子が欲しや

五十嵐浜藻


桔梗は秋の七草のひとつ。初秋の季題であるが、じつは絶滅危惧種に指定されている。山野の草地に自生するが、開発が進むなどによって、100年後の絶滅確率は99%とされる。秋の七草のなかでは、藤袴もその種に指定されていて、自然との共生に思いをいたす。

掲出の句は、ふっくらとした桔梗のような子を授かりたいという意。たしかにその蕾は、風船のようにふっくらとし、花びらが開けば凛とした味わいがある。桔梗への密やかな憧憬を、大らかに歌い上げている句だ。

五十嵐(いがらし)(はま)()は、江戸時代後期に活躍した女流俳諧師。現在の東京都町田市に生まれ、俳諧師である祖父の祇室(ぎしつ)や父の梅夫(ばいふ)の影響を受け、幼少より俳諧に親しむ。ほかに<市の雛花の恋しき御顔かな>、<山ざくら見ぬ人のためをしみける>、<ほととぎす近江の国が啼きよいか>などの句がある。

士・農・工・商という厳重な身分制があった江戸時代。それでも俳諧の集まりでは、立場に関係なく、本当の気持ちを言い合える愉悦があったに違いない。村役人の娘として生まれ育った浜藻は、女性だけの連句集『八重山吹』を編纂するなど功績を残した。

身分や性別の壁を超えて、親しみ合う俳句の心は、他者を拒絶する心とは対極にある。互いに受け入れ合い、いのちといのちの交感によって、平和な世界をつくることができる。明日は終戦の日。俳句に秘められた可能性に、あらためて思いを寄せている。

進藤剛至


【執筆者プロフィール】
進藤剛至(しんどう・たけし)
1988年、兵庫県芦屋市生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。稲畑汀子・稲畑廣太郎に師事。甲南高校在校中、第7回「俳句甲子園」で団体優勝。大学在学中は「慶大俳句」に所属。第25回日本伝統俳句協会新人賞、第10回鬼貫青春俳句大賞優秀賞受賞。俳誌「ホトトギス」同人、(公社)日本伝統俳句協会会員。共著に『現代俳句精鋭選集18』(東京四季出版)。2021年より立教池袋中学・高校文芸部を指導。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



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