生涯のいま午後何時鰯雲 行方克巳【季語=鰯雲(秋)】


生涯のいま午後何時鰯雲

行方克巳


数日後は白露。いよいよ秋らしい気配を感じる時季。今年も3分の2が終わり、「光陰矢の如し」の感慨は、年ごとに深まっていく。人生を24時間に例えると、今は午後何時であろうか。掲出の句は、そのようなことを鰯雲に問いかける。うつろいゆく秋空の下、過ぎやすい月日と、いのちの果てに思いを馳せる。

行方(なめかた)克巳(かつみ)さんは、1944年生まれ。慶應義塾大学在学中より清崎敏郎に師事。西村和子さんとともに俳誌「知音」創刊、代表。第2句集『知音』(卯辰山文庫、1987)で第11回俳人協会新人賞受賞。国語科教諭として35年間、慶應義塾中等部に奉職。

作者は、このほど第9句集『肥後守』(深夜叢書社、2024)を上梓。<もう誰のためにでもなく蛍飛ぶ>、<炎昼の音叉のごとくすれ違ふ>、<何処も痛いところがなくて今朝の秋>、<青空のしんとありけり唐辛子>、<受験票すぐ皺々にしてしまふ>などの245句を収録。あとがきには「私にとって俳句とは、『季題発想による一行のものがたり』と考えるようになった」と述懐されている。

慶應義塾大学の卒業生による「三田(みた)俳句(はいく)(おか)(かい)」という団体がある。主に定例句会や、機関紙『丘の風』(年刊)の発行を行う。90人以上の慶大出身者が在籍し、来年に発足35周年を迎える。作者はその会長として、さまざまな俳句結社の作家たちを束ねる。

丘の会に入会したのは、今から約9年前のこと。句会の顔ぶれは、定年退職された先輩方が大半。結社の主宰、大手企業の元役員なども参加するが、その座では対等の立場で語り合える。年齢や性別、身分や職業に関わらず、胸襟を開くことができるのは句会の魅力。人との交わりのなかで、学びや喜び、活力を得られる。私も俳句を通して、多くの僥倖に恵まれてきた。

進藤剛至


【執筆者プロフィール】
進藤剛至(しんどう・たけし)
1988年、兵庫県芦屋市生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。稲畑汀子・稲畑廣太郎に師事。甲南高校在校中、第7回「俳句甲子園」で団体優勝。大学在学中は「慶大俳句」に所属。第25回日本伝統俳句協会新人賞、第10回鬼貫青春俳句大賞優秀賞受賞。俳誌「ホトトギス」同人、(公社)日本伝統俳句協会会員。共著に『現代俳句精鋭選集18』(東京四季出版)。2021年より立教池袋中学・高校文芸部を指導。



2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2024年8月の火曜日☆村上瑠璃甫のバックナンバー】
>>〔6〕泉の底に一本の匙夏了る 飯島晴子
>>〔7〕秋の蚊を打ち腹巻の銭を出す 大西晶子
>>〔8〕まひるまの秋刀魚の長く焼かれあり 波多野爽波
>>〔9〕空へゆく階段のなし稲の花 田中裕明

【2024年8月の水曜日☆進藤剛至のバックナンバー】
>>〔1〕そよりともせいで秋たつことかいの 上島鬼貫
>>〔2〕ふくらかに桔梗のような子が欲しや 五十嵐浜藻
>>〔3〕朝涼や平和を祈る指の節 酒井湧水
>>〔4〕火ぶくれの地球の只中に日傘 馬場叶羽

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