咳込めど目は物を見てゐてかなし 京極杞陽【季語=咳(冬)】

込めど目は物を見てゐてかなし

京極杞陽


咳が出ている間も目は開かれ、目としての働きをやめないでいる。そのことが切なく愛しく感じられたという句。

昭和21年(1946年)に刊行された第一句集『くくたち』上巻の末尾に置かれた一句である。

ひとたび咳きこみが始まると収まるまで他に何もできなくなるような、ひどい咳の最中と読んだ。視界は咳きこむ身体に強く揺さぶられ、焦点も定まらない。見えているものを書くのは俳句表現として一般的だとはいえ、こんな状況での視界が言語化されていることに驚いた。

この句の表現からは「『喉が咳を出すプログラム』と『目が物を見るプログラム』がひとつの身体のなかで並行して走っている」という認識がうかがえる。分析的な把握に魅力を感じるし、自分の身体なのに一歩離れた場所から思いやっているようなところにも惹かれる。

他者を思いやった句と読んでも面白い。たとえば小さな子どもが咳きこむ様子を見守る大人の句と捉え直すと、〈かなし〉の情感にも新たなものが加わってくる。どちらの読みでも浮き彫りになるのは「何もできないでいる」作中主体の姿だ。

作者の京極杞陽は明治41年(1908年)生まれの俳人。昭和11年(1936年)に虚子と出会い、その後本格的に作句を開始した。「ホトトギス」同人、「木兎」主宰として活動し、句集に『くくたち』『但馬住』『花の日に』などがある。昭和56年(1981年)に亡くなった。(広渡敬雄さんの「全国・俳枕の旅」第46回がとても詳しいです!)

今年1月から自分の学びのために杞陽の俳句を読んでnoteに感想を書くことを始めた。ひとりの作家を追いかけてみようと思ったのは、コロナ禍にzoomで開催されていた芝不器男の読書会(川嶋ぱんださん)や中村苑子の読書会(加藤右馬さん)の活動に触れたことも大きい。

杞陽の句では〈うまさうなコツプの水にフリージヤ〉や〈アイスクリームおいしくポプラうつくしく〉といった、率直で軽妙でそれでいて自分の感じ方を見つめ直しているような句が特に好きだ。これからもゆるゆると読み進めていきたい。

友定洸太


【執筆者プロフィール】
友定洸太(ともさだ・こうた)
1990年生まれ。2011年、長嶋有主催の「なんでしょう句会」で作句開始。2022年、全国俳誌協会第4回新人賞鴇田智哉奨励賞受賞。「傍点」同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



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