人のかほ描かれてゐたる巣箱かな 藤原暢子【季語=巣箱(春)】


人のかほ描かれてゐたる巣箱かな)

(藤原暢子

藤原暢子さん第二句集『息の』(文學の森)より。

巣箱というのはよく考えると不思議なものだ。
人の手によって作られた巣箱が樹木にとりつけられ、野性の鳥の繁殖を助けるというのだから。
そういえば、父は時々実家の庭に雀のために米を蒔いていた。
鳥と人が共生するということ。忘れがちであるが、珍しいことではないのかもしれない。

巣箱にもいろいろな形があるが、その巣箱に人の顔が描かれているという。
鳥の世界に人の顔が紛れ込んでしまったようでもありなんだか可笑しい。
目鼻を描くと顔が生まれ、顔が生まれると、そこには感情が生まれ、物がさらに特別なものに変わる。
どんな顔なのかは分からないが、描いた人の温もりや存在が感じられ、その小さな箱の中で小鳥が育つのかと思うと微笑ましくなる。
ゆったりとした詠みぶりも春らしい。

藤原暢子さんの俳句には喜びがある。そして信じることを知っている。
新刊ではあるがいくつか引いてみたいと思う。

見てからはずつと蛍火だと分かる

蛍火を初めて見たときのことだろうか。
誰かに教えてもらった蛍の火。それは、小さな火だけど蛍以外何物でもない火。
遠くから見ても、時間が経っても、蛍が飛んでいたら蛍だということが分かる。
見て知ることの喜びが「ずつと」に表れている。

ゆきふると言へば雪降る紀尾井坂

紀尾井坂を調べると、東京の千代田区にある坂で、江戸時代は南側に紀州徳川家、北側には尾張徳川家、彦根藩井伊家の屋敷があり、紀州徳川家の「紀」、尾張徳川家の「尾」、井伊家の「井」のそれぞれ一字ずつを取って「紀尾井坂」と呼ぶようになったそうだ。
また、1878年5月14日に内務卿大久保利通が旧加賀藩士島田一郎らに暗殺された「紀尾井坂の変」のあった場所としても知られている。
紀尾井坂という歴史のある場所に降る雪はいつもと違う世界に連れていき、そこにかつて居た人々に思いが及ぶ。

ことばが雪を呼び、雪が時間を超えていくようだ。

永き日の封書で届く海の塩

藤原暢子さんは旅の人でもあり、句集の帯には「いつも、息をするように旅をしたいと思っている。」と書かれている。
春ののどかな日差しの中、封書を開くと真っ白な海の塩が入っている。
封書で届いた塩は遠い旅先で知り合った友人からの贈りものだろうか。
永き日の何かを待っているような時間と遠くはなれた時間をつなぐ封書。
ゆったりと流れる時間に、塩の香とともに海が広がっていき、そこにはやはり喜びがある。

山岸由佳


【執筆者プロフィール】
山岸由佳(やまぎし・ゆか)
炎環」同人・「豆の木」参加
第33回現代俳句新人賞。第一句集『丈夫な紙』
Website 「とれもろ」https://toremoro.sakura.ne.jp/


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


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