へたな字で書く瀞芋を農家売る
阿波野青畝
「瀞芋」には「とろいも」とルビが振ってある。「とろろいも」、つまり「山芋」のことであろう。
おそらく農家が露地で売っているところに、雑な字で書かれているのだが、その地では「とろいも」という呼び方が一般的であったことは理解できるとして、問題はその農家の人が、どうしてこんな難しい漢字を使って、わざわざ書いたのかだ。
そう思って句集をよく見てみたら、「秩父長瀞。」と前書が付してある。
ああ、なるほど。ながとろ。こんな難しい字が使われている土地があるのだ。
北関東についての知識がぺらぺらでごめんなさい。
長瀞町の観光協会の公式サイトをみても、特段、「山芋」の名産地というわけではなさそうだが、自然豊かなエリアで、水運もよく、ラフティングなども楽しめるようだ。
最近の有名な句で、〈絵も文字も下手な看板海の家 小野あらた〉があるけれど、こちらは「海の家」のプレハブ感があらわれたもの。しかし、こちらの長瀞俳句は、同じように「へたな字」だけれど、その場しのぎで適当なわけでは、もちろんない。
1965年の作だから、字を書いた農家の人は、けっして十分な教育を受けて来たわけではないだろうけれど、しかし「へた」ながらもきちんと、「トロ」などとカナ表記をせずに「瀞」と書いているあたりに、土地に対する愛着が感じられる。
そんな愛のある「へたな字」に注目して一句に仕立て上げるあたり、俳人の土地への挨拶としては、やはり愛がある。
『甲子園』(1972)より。
(堀切克洋)
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