父の手に負へぬ夜泣きや夏の月 吉田哲二【季語=夏の月(夏)】 


父の手に負へぬ夜泣きや夏の月)

(吉田哲二
髪刈る椅子」ふらんす堂

先日、息子が1歳2か月を迎えた。

子どもを育てるという行為において、父という存在は限りなく無力に近い。そんな中で、世のお父さんたちは自身の価値を見出しているわけだから、頭が上がらない。一方、私はどうかというと…いまも無力なままである。もう少し妻の助けになるような働きをしなければいけないと内省している。

俳人に子どもが誕生すると望まれるのが、「子育て俳句」である。例えば、神野紗希さん@kono_saki)の句などがよく取り上げられているのではないか。

<産み終えて涼しい切株の気持ち  神野紗希 「すみれそよぐ」朔出版
<眠れない子と月へ吹くしゃぼん玉 神野紗希    同       >
<すみれそよぐ生後0日目の寝息   神野紗希    同       >

こういった句は愛するわが子を詠んだ句である。子どもへの想いを上手に詠み込むという作業は大変難しいと実感している。主観的すぎてもダメだし、客観的すぎても「こいつ子育てしてないな」と思われてしまう。こうした葛藤があり、まだわが子の句を成功した試しがない。そのため、子育てと俳句は切り離して生活をしていた。
 
そのように子育て俳句への挑戦に悩んでいた頃、とある句集が届いた。
それが、吉田哲二さん(@T82155213)の「髪刈る椅子」である。子を持つ父親にとって、「あぁ、これが子育て俳句の正解なのだ」と思ったことを覚えている。

「阿吽」塩川京子主宰による序文にこんなやり取りが記載されている。「子どもが居るので句会への出席はちょっと」と哲二さん、それに対し塩川主宰は「お子さんを連れて出席はどうか」と提案し、哲二さんは実際にお子さんと句会に出席されたそうだ。このようなスタートであった哲二さんの第1句集はお子さんへの想いを詠んだ句が多い。何より驚いたのは、単調な子育て俳句ではなく、哲二さんとお子さんの姿が鮮明に浮かんでくるような句ばかりなのである。句集を読んで、「これは、今の私には詠めない」そう思ってしまった。

掲句は、夜泣きの一句。まさにそうだと思った。夜泣きの子は、母のおっぱいが無いと泣き止まない。父が抱っこしたところで無力なわけである。そんな中、窓の外の月明りの下で、一生懸命にゆらゆらするわけである。私の場合、夜泣きは妻任せであるので、反省しつつ、妻へ感謝しつつ、この句を読んだ。句集を読んで、子育てを俳句に落とし込む難しさを知り、それをやってのける哲二さんの力量に感銘を受けたのであった。
 
他にも、取り上げたい。
<眠る子や蒲公英の絮つけしまま>の眠りの健やかさ、<あやすほど子のぐづりゆく溽暑かな>の思い通りにならない感覚の表現、<抱き上げて子の冷たさを吾に移す>の父と子の温もり、<裸子を肩車してゆく裸>の夜のリアリティ、<育児書にあまたの付箋湯気立てて>の懸命さ、<幼子の寝癖めきたる冬芽かな>の納得の直喩。
 
私自身、もっと子どもにまっすぐに向き合わないと、子育て俳句の重い扉は、永遠に開くことが出来なさそうだ。

鈴木総史


【執筆者プロフィール】
鈴木総史(すずき・そうし)
平成8年(1996)東京都生まれ、27歳。
北海道旭川市在住。3月より島根県松江市へ引越予定。
平成27年(2015)3月、「群青」入会。櫂未知子と佐藤郁良に師事。
令和3年(2021)10月、「雪華」入会。
令和4年(2022)、作品集「微熱」にて、第37回北海道新聞俳句賞を受賞。
令和5年(2023)1月より、「雪華」同人。
令和5年(2023)、連作「雨の予感」にて、第11回星野立子新人賞を受賞。
令和6年(2024)3月に、第一句集『氷湖いま』を上梓予定。
現在、「群青」「雪華」同人。俳人協会会員。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


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