さつま汁妻と故郷を異にして 右城暮石【季語=さつま汁(冬)】

さつま汁妻と故郷を異にして

右城暮石

右城暮石は、明治32年、高知県生まれ。14歳で高等小学校を中退し、土佐電鉄に入社。19歳の時、同郷の社会運動家岡本利吉の口利きで、大阪電灯に入社。その2年後に、大阪朝日新聞社の俳句大会で選者をしていた松瀬青々を知り、「倦鳥」に入会し師事する。大阪から奈良に転居したのは40歳近くのころで、92歳で高知に戻るまで約50年間住み続けた。47歳の時には、同門の細見綾子主宰の「風」、長谷川素逝主宰の「青垣」の同人となる。また当時、関西を中心に活躍していた、平畑静塔、西東三鬼、橋本多佳子らが奈良の日吉館で行っていた句会のメンバーとなる。50歳の時、「風」同人を辞し、山口誓子主宰「天狼」の同人となる。句会報「筐」の創刊を経て昭和31年、57歳の時に「運河」主宰となる。昭和46年、第二句集『上下』等の業績により、第5回蛇笏賞受賞。平成3年、「運河」主宰を茨木和生に譲り、名誉主宰となる。2年後に高知に帰郷。平成7年、96歳で死去。

長年にわたり住んだ奈良を愛したことで知られており、写生詠、生活詠、時世詠と幅広い表現を持つ。私が初心者の頃に購入した歳時記には右城暮石の句が多く採用されており、とても身近な人のように感じていた。さり気ないことを詠んでいるのだが、味わいがあり惹かれる作家であった。
  ねんねこもスカートも膝頭まで
  大阪に出て得心すクリスマス
  大学生最後まで観る後宴能
  横額は八一の書なり鋤焼す
  隣席を一切無視し毛糸編む
  スノーボード身を覆し止めたる

現代の若手句会に投句しても高点句になる句である。いわゆる当世風の俳句なのだ。世の中の景色を引き寄せるように描写している。
  昼も灯に照らされ通し熱帯魚
  蜘蛛の圍に蜂大穴をあけて遁ぐ
  蠑螈浮く宇宙泳ぎをするもゐて
  芋虫の何憚らず太りたる

茨木和生氏は、「(暮石には)小動物を扱った句が多く、人間のおかしみに通うもの」があると述べる。(『右城暮石の百句』)
  春の雨女の足が目の前を
  壬生狂言鬼女に食はれし男消ゆ
  ざぼんの厚き白き皮剥ぐ人の妻
  蜂のみが知る香放てり枇杷の花

艶めいた句は、奈良という土地柄から生まれた表現であろうか。
  わが風邪の妻にうつりて治りたる
  一夫一婦まもり通して稲を刈る
  妻の遺品ならざるはなし春星も

茨木和生氏の解説によれば、右城暮石は、若い頃に最初の妻を亡くし、書家の房子夫人とは再婚とのこと。その妻も80歳近くして先立ってしまう。癌の手術の際も句会を休まないよう夫の暮石を気遣ったという。風邪がうつるほど常に傍らにいた妻であった。

  さつま汁妻と故郷を異にして   右城暮石

 「さつま汁」とは、鹿児島の郷土料理で、鶏肉または豚肉を大根・牛蒡・芋・人参・蒟蒻などとともに煮込み、味噌仕立てにした汁のことである。暮石の妻が薩摩の出身だったのかどうかは分からないが、食べ慣れない汁を食卓に出されて、お互いの故郷に思いを馳せたのだ。暮石の故郷である土佐にも似たような汁があって、「うちでは魚介を入れる」とか、「醤油仕立てだ」とか、そんな話で盛り上がったのかもしれない。結婚して最初に故郷の違いを認識するのは料理である。妻にとっては普通の料理が夫には変わったものに感じることはよくあることだ。掲句は「さつま汁」という具体的な汁物によって、知っているようで知らなかったお互いの故郷のことや風土の違いなどに驚いていることが分かる。料理の感覚違いは、結婚して数十年過ぎても続くものである。故郷も風習も異なるもの同士が別の土地で一緒に暮らしている不思議さに縁のようなものを感じさせる。作者が土佐の出身であることを考えると幕末の薩摩藩との歴史なども思わせ感慨深い。「薩摩汁」ではなく「さつま汁」とひらがな表記にしたのは、妻の優しい味や柔らかい雰囲気を表すためであろう。

私の故郷のけんちん汁は、根菜の他に豆腐や鶏肉、蕎麦などが入る。味付けは、味噌と醤油と味醂で、根菜はごま油で炒めてから煮込むため表面には油が浮く。北海道出身の夫には、ごっちゃ煮にしか見えない。「けんちん汁よ」と言って出すと、歳時記で調べはじめ、「けんちん汁とはこのような料理ではない」と言われた。私の故郷の茨城県で「けんちん汁」と名付けられている料理は厳密には、けんちん汁ではなかったのだ。ちなみに、けんちん汁は精進料理のため肉類は入れない。味付けも醬油仕立てである。

その後正月に、姉の運転で茨城県の大洗までドライブすることになった。途中で立ち寄ったドライブインの食堂のおすすめメニューは「けんちん蕎麦」であった。夫が「やっぱり蕎麦が入るのか」と驚く。鶏肉・蓮根・里芋・大根・人参・蒟蒻が煮込まれており、完食するには苦しいほどのボリュームである。隣の席では、長距離トラックのドライバーらしき男性が若い店員に「けんちん蕎麦」について尋ねていた。「ああ、薩摩汁に蕎麦を煮こんだようなものかい?」と納得したように言う。店員が「いえ、サツマイモは入ってません」と答えたため、私達も大笑いした。男性は、鹿児島県の出身らしく大河ドラマの「西郷どん」のような話し方である。茨城県まで走ってきた経緯は聞かなかったが、「なっかし、あっじゃ(懐かしい味だ)」と言っていた。初めて訪れた土地で故郷の料理と似たような味に出会うと嬉しいものである。無意識に共通点を探してしまうのもまた旅人の性であろうか。

恋の始まりは共通点の発見である。そこに安心感を覚え、一緒に暮らしたいと思うようになる。夫婦になれば、安心感が倦怠期を生む。ふとしたことから気付く相違点が刺激となり、また再度共通点を見出そうとするものだ。夫の味や今住んでいる土地の味に合せることも大切だが、たまには出身地の郷土料理を作ってみるのも良い刺激となるはずだ。特に、薩摩汁のような具沢山の汁物は栄養価が高く、身体を温めるという気遣いも感じさせ、素朴な味わいが妻の魅力をより深く引き立てるに違いない。

篠崎央子


篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


【篠崎央子のバックナンバー】
>>〔164〕成人の日は恋人の恋人と 如月真菜
>>〔163〕逢はざりしみじかさに松過ぎにけり 上田五千石
>>〔162〕年惜しむ麻美・眞子・晶子・亜美・マユミ 北大路翼
>>〔161〕ゆず湯の柚子つついて恋を今している 越智友亮
>>〔160〕道逸れてゆきしは恋の狐火か 大野崇文
>>〔159〕わが子宮めくや枯野のヘリポート 柴田千晶
>>〔158〕冬麗や泣かれて抱けば腹突かれ 黒岩徳将
>>〔157〕ひょんの笛ことばにしては愛逃ぐる 池冨芳子
>>〔156〕温め酒女友達なる我に 阪西敦子
>>〔155〕冷やかに傷を舐め合ふ獣かな 澤田和弥
>>〔154〕桐の実の側室ばかりつらなりぬ 峯尾文世
>>〔153〕白芙蓉今日一日は恋人で 宮田朗風
>>〔152〕生涯の恋の数ほど曼珠沙華 大西泰世
>>〔151〕十六夜や間違ひ電話の声に惚れ 内田美紗
>>〔150〕愛に安心なしコスモスの揺れどほし 長谷川秋子
>>〔149〕緋のカンナ夜の女体とひらひらす 富永寒四郎
>>〔148〕夏山に噂の恐き二人かな  倉田紘文
>>〔147〕これ以上愛せぬ水を打つてをり 日下野由季
>>〔146〕七夕や若く愚かに嗅ぎあへる 高山れおな
>>〔145〕宵山の装ひ解かず抱かれけり 角川春樹
>>〔144〕ぬばたまの夜やひと触れし髪洗ふ 坂本宮尾
>>〔143〕蛍火や飯盛女飯を盛る 山口青邨
>>〔142〕あひふれしさみだれ傘の重かりし 中村汀女
>>〔141〕恋人はめんどうな人さくらんぼ 畑耕一
>>〔140〕花いばら髪ふれあひてめざめあふ 小池文子
>>〔139〕婚約とは二人で虹を見る約束 山口優夢
>>〔138〕妻となる人五月の波に近づきぬ 田島健一
>>〔137〕抱きしめてもらへぬ春の魚では 夏井いつき
>>〔136〕啜り泣く浅蜊のために灯を消せよ 磯貝碧蹄館
>>〔135〕海市あり別れて匂ふ男あり 秦夕美
>>〔134〕エリックのばかばかばかと桜降る 太田うさぎ
>>〔133〕卒業す片恋少女鮮烈に 加藤楸邨
>>〔132〕誰をおもひかくもやさしき雛の眉 加藤三七子
>>〔131〕海苔あぶる手もとも袖も美しき 瀧井孝作
>>〔130〕鳥の恋いま白髪となる途中 鳥居真里子


関連記事