激論の卓さくらんぼそつと出す 玉手のり子【季語=さくらんぼ(夏)】

激論の卓さくらんぼそつと出す
玉手のり子

「激論の卓」という言葉を読んだ後に現れる「さくらんぼ」が、とても不思議でした。

赤くて、丸くて、艶々して、甘酸っぱい「さくらんぼ」が、「激論の卓」という硬質な時間の中に置かれた時に、その小さな果実だけは、議論にとらわれず、少しつかまえどころのないような異質な時間を運んでくるように感じました。

それは、何かを決めたり説得したりするための時間ではなく、ただ季節の味を分かち合うための時間なのかもしれません。

議論は「口を動かす世界」ですが、さくらんぼは、「口で味わう世界」です。

さらに、議論をしている時、人は頭の中にいますが、さくらんぼを口に入れる時、人は身体の感覚に戻ります。

誰かがさくらんぼを手に取った瞬間、その人は議論から離れ、赤い実の艶や甘酸っぱさへと意識を向けることになります。

さくらんぼは、激論の卓を否定するのではなく、人をほんの少しだけ言葉の外へ連れ出す存在のようにも思えました。

そして、この句の「そつと出す」がとても良いなと感じました。

さくらんぼを出した人が、議論に参加しているか、していないかは、分かりませんが、その人は正しさを競うよりも先に、「激論の卓」の人達の存在を気遣っている。
それが「そつと」の三音から伝わりました。

激論の行方は分かりません。
しかし、「そつと出す」という静かな行為が一句に置かれていることで、作者が見つめているのは議論の勝敗ではなく、その卓に生まれた小さな気遣いなのだと思いました。

『ホトトギス』令和七年十一月号 所収

菅谷糸


【執筆者プロフィール】
菅谷 糸(すがや・いと)
1977年生まれ。東京都在住。「ホトトギス」所属。日本伝統俳句協会会員。




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