なつかしきこと多くなり夜の秋
小島健
数学者・岡潔は、『春宵十話』のなかで、こんなふうに書いている。「理想は恐ろしくひきつける力を持っており、見たことがないのに知っているような気持になる。それは、見たこともない母を探している子が、他の人を見てもこれは違うとすぐ気がつくのに似ている。だから基調になっているのはこの『なつかしい』という情操だといえよう」。「なつかしきこと」が多いのは、岡潔ふうにいえば、理想が多い、ということだ。単に思い出や過去に浸っている、というわけではない。知らないことまでもが「なつかしい」。そういうことが、ありうるということを俳句はつねづね教えてくれる。『山河健在』(2020)より。(堀切克洋)
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