【木曜日】は2か月交代で〈大学俳句会〉のみなさんにご執筆いただいています。「愛媛大学俳句研究会」からのバトンが渡ったのは「北大俳句会えぞりす」。第一回は大崎素直さんです。

角のなき獣に生まれオクラ茹でる
くどうれいん
『わたしを空腹にしないほうがいい 改訂版』
大崎素直(北大俳句会「えぞりす」・むじな)
『わたしを空腹にしないほうがいい 改訂版』(BOOKNERD、2018年)は俳句ウェブマガジン「スピカ」で2016年に行われた連載をまとめた一冊である。当時は工藤玲音名義であった。この連載はエッセイと俳句から構成されている。エッセイのテーマは食。料理好きのくどうが、作った料理や好きな食べもの、ご飯にまつわる思い出を語っており、それぞれの文章のタイトルが一句の俳句になっている。冊子には掲載されていないが、スピカではエッセイに登場する料理の写真も併せて見ることができる。
くどうは岩手県盛岡市出身・在住の作家。著書に、小説『氷柱の声』、エッセイ集『うたうおばけ』『湯気を食べる』、歌集『水中で口笛』、絵本『まきさんのソフトクリーム』などがあり、ジャンルを問わず幅広い活躍を見せている。結社「樹氷」の同人であるものの、現在は俳句から遠ざかっているそうだ。
掲句を見てみよう。角のある動物といえばシカ、ウシ、ヤギ、キリン……草食動物が多く思いつく。それらの動物と比較して、人間は「角のなき獣」なのだと認識したところがとてもユニークである。そのうえでオクラを見てみると、サイのような、枝分かれのしていないタイプの角のようにも見えてくる。一般的に動物が角を持つのは外敵から身を守ったり繁殖競争をしたりするためと言われている。しかし我々人間は祖先たちが文明を発展させてくれたおかげで、角がなくても身を守ることができるし、自分の魅力や強さをアピールすることができる。そして、料理というのも人間ならではの営みだ。オクラを食べやすいように茹でて柔らかくし、自分好みの味付けをして食べる。小さな発見と料理という日常の風景とが鮮やかに組み合わせられた一句である。
他の句もいくつか見てみよう。
芍薬は号泣をするやうに散る
そら豆はすこやかな胎児のかたち
てんと虫よ星背負ふほどの罪はなに
夏風邪をライバル同士分け合えば
彼女は歴史的仮名遣い、現代的仮名遣い両方の使い手のようだ。まず1句目と2句目について。「号泣をするやうに」、「すこやかな胎児のかたち」という、細やかな観察眼から生まれる比喩が見事だ。3句目や4句目は季語に対する把握の仕方が面白い。天道虫の星を罪の象徴と捉えたり、ライバル同士が夏風邪まで分け合っているとしたり。ドラマチックで奥行きのある句となっている。
また、くどうは〈うぬぼれに体力が要る啄木忌〉という句で、第64回啄木祭全国俳句大会の啄木賞を受賞している。こちらも「うぬぼれに体力が要る」という発見と「啄木忌」という季語の取り合わせが秀逸だ。
このような、作者独自でかつ的確な表現を用いてものごとを喩えたり、把握したりするという技法は、俳句において多用されている。先に挙げた句から、くどうが確かな技術を持った作り手だというのは間違いなく言えるだろう。
しかし、彼女の本当の得意技は他にあると私は考える。再びいくつかの句を引用してみる。
トマト捥ぐしあわせがはちきれそうだ
未来選ぶときも即決早桃掴む
グレープフルーツまつぷたつ予言はきらい
夏料理のおおきな皿は愛だった
口語で切れが少ないという点は先程の句と同じである。しかし、これらの句には「しあわせ」「未来」「きらい」「愛」などストレートな言葉が多く用いられていることがわかる。
基本的に俳句では直接的な心情描写が避けられる傾向があると感じる。「好き」という言葉を使わずに、どのようにして「好き」と言うか。「しあわせ」という言葉を使わずに、どのようにして「しあわせ」と伝えるか。その塩梅を追求するのが俳句の楽しみの一つと考える人は多いと思うし、私もその一人だ。
しかし、くどうの俳句は、「しあわせ」と思ったら「しあわせ」とノータイムで言葉が発せられる。そう、スピードがあるのだ。このスピードこそが、くどうの俳句のいちばんの特徴であり魅力であると私は考える。
ただ、直接的な言葉が多いからと言って、単調な句になっているかと言えば、そうではない。たとえば〈未来選ぶときも即決早桃掴む〉という句は、「未来」「選ぶ」「ときも」「早桃」「掴む」と3音の言葉を繰り返すことで、韻律の面でもその勢いを補強している。また、結句の「早桃掴む」によって、未来という抽象的なものに手触りを与えることに成功している。
このようなスピード感は、彼女の短歌でも感じることができる。歌集『水中で口笛』には以下のような短歌がある。
まっさきに夏野原きて投げキッスの飛距離を伸ばす練習をする
くちづけはいつ来てもよしきらきらと研げばひかりに満ちる生米
それぞれの恋の写真のときおりにひらめいた顔しているわたし
俳句から14音増えた分、描写はより丁寧になっているが、作品のもつ雰囲気は俳句と共通するものがあるだろう。たとえば1首目、初句から勢いが感じられるが、夏野原に来た主体がすることはなんと「投げキッスの飛距離を伸ばす練習」。オリジナルの感性を用いつつ、溢れだす青春性がある。ほかにも、2首目では米を研ぎながら「くちづけはいつ来てもよし」と急な独白をしたり、3首目では写真という少し客観的な視点から「ひらめいた顔」で恋をする自分を発見したり。言語学者であり、短歌評論でも知られる東郷雄二は、「工藤の強みは何物をも蹴散らしてしまう若さである」と述べている。彼女の作品には迷いがない。それは、感情としての迷いがないということではなく、作品の中で自分を見せることに迷いが見えないということである。
スピードが速ければ速いほど、作品はエネルギーを増してゆく。そして我々読み手はその圧倒的なパワーにどうしようもなく魅せられてしまうのだ。くどうれいんは、止まらない。
* * *
今回くどうを取り上げたのは、彼女が同郷の先輩で、私が高校生の頃から憧れの存在だったからである。また、この原稿を書き進める中で、彼女がスピカで連載を持っていたのは今の私と同じ、22歳になる年であることを知った。この年齢で確かな技術と作家性(そして、なんといっても食を楽しむ姿!)を併せ持っていたくどうれいんという存在に、背筋が伸びる思いである。
【参考文献】
くどうれいん『わたしを空腹にしないほうがいい 改訂版』BOOKNERD、2018年
工藤玲音『水中で口笛』左右社、2021年
くどうれいん「『わたしを空腹にしないほうがいい』3万部突破です!」、2026年6月1日、2026年8月4日最終閲覧
東郷雄二「第303回 工藤玲音『水中で口笛』」橄欖追放、2021年4月19日、2026年8月4日最終閲覧
「工藤玲音 プロフィール」スピカ、2026年8月4日最終閲覧
(大崎素直)
【サークルプロフィール】
北大俳句会「えぞりす」
2021年設立。北海道にゆかりのある大学生・短大生・専門学生によって構成されている。年2回刊の有志機関誌『旗手』を発行(オンライン販売はhttps://hokudaihaiku.booth.pm/)。文学フリマ東京43(2026年11月8日)に出店予定。
Eメール:haiku.ezorisu@gmail.com
X:https://x.com/hokudaihaiku
Instagram:https://www.instagram.com/hokudai_haiku/
【執筆者プロフィール】
大崎素直(おおさき・すなお)
2004年岩手県盛岡市生まれ。北大俳句会「えぞりす」、俳誌「むじな」、北海道大学短歌会、ユニット「山水」。