
秋の海まで連れてきてしまひけり
嶋乃拶希
(「愛鍵」)
荻窪の鱗kokeraにて「愛の火曜日句会」を開催し始めて数か月が過ぎた頃、二十代の見目麗しい好青年が現れた。彼は、瑞々しい愛の俳句を詠み、あっという間に句会の人気者になった。それが、嶋乃拶希さんである。当時はまだ26歳で、東京に越してきたばかりだった。出身は福岡県で、大学卒業後に仕事の都合により富山県で暮らしていた頃に俳句を作り始めたとのこと。そしてなんと、俳句専用SNSアプリ「俳句てふてふ」にて連載していた私の「なぜ?から始める俳句入門」を読み、俳句の基礎を学んだというのだ。東京で暮らすことになった際に高円寺を選んだのは、「愛の火曜日句会」の開催場所である鱗kokeraに近いからだというのでさらに驚いた。「愛鍵」に掲載されたエッセイによれば、もともと愛の俳句にも興味があったらしい。その後、「蒼海」に入会し、一方ではネットプリント「韻季」でも俳句を発信するようになった。仕事の都合で「愛の火曜日句会」に来られない期間が続いたが、愛の句会作品集「愛鍵」には参加して下さった。
「愛の火曜日句会」は、毎回テーマがありそのテーマに沿って詠む。なので、詠まれた愛の句はフィクションの場合が多い。ちなみに拶希さんは、「愛の火曜日句会」に参加されるようになって間もなく、学生時代から交際していた恋人と結婚された。そんな状況とは関わりなく、テーマが「失恋」の際には孤独な句を詠み、テーマが「憎しみ」の時には、激しい怒りの句を詠んだ。想像力が豊かなのである。
蜜豆をよく奢るよく告白す
「愛鍵」掲載の20句の冒頭の句である。女性の好きな蜜豆をご馳走し、そのつど告白をするマメさが、テンポよく描かれている。蜜豆がなんとも微笑ましい。
素麺がまだあるからと去りにけり
恋人が部屋に遊びに来て、素麺を茹でてくれたのだ。帰り際に「沢山茹でたので、残りは冷蔵庫にあるからあとで食べてね」と言ったのだろう。夕食の分まで作っておいてくれた恋人のさりげない気遣いが短い表現で伝わってくる句である。手の込んだ料理ではなく素麺であるところが学生っぽくもありリアルである。一方で、恋人を夕食に誘ったのだが「家にはまだ素麺の残りがあるから」と言って断られてしまったという解釈もできる。どちらだろうか。全てを語らずに読者に想像させる詠み方が見事である。
薄化粧なる流し目は芒かな
〈芒かな〉への展開の仕方に少々無理があるのだが、その接続の不具合が逆に面白く見える句である。良い子は真似をしてはいけない。内容的には、薄化粧の純粋そうな女性が流し目をしていて、その様は芒のようだと言っているのである。誘うように靡くように揺らぐ芒は妖艶でもある。
君今に月に引き寄せられて立つ
二人でずっと一緒に居たいのだが、そろそろ帰りの時間になった。月に引き寄せられるようにして立つであろう君は、かぐや姫のようだ。時間の制約のある恋人同士の淋しさが見えてくる句である。
狐火を告げられず手も繋がれず
狐火を見たことを相手に告げられないのは何故か。その理由が〈手も繋がれず〉で語られている。距離がある相手だからである。〈狐火〉には「恋の火」の意味も含ませているのだろう。狐火を見ても怖いと言えないように、愛も告げられない相手なのだ。ましてや手を繋ぐなどとんでもない。ちなみに掲句のテーマは「片思い」だった。片想いというよりは、怖がりで意気地なしの滑稽な恋が見えてくる句である。
姫始水といふ水揺れ揺れ
エロスがテーマだった時の句である。〈揺れ揺れ〉という表現により〈姫始〉の激しさが伝わってくる。一方で〈水といふ水〉とはどのような水なのかを考えさせる仕掛けとなっている。風呂場の水かもしれないし体内の水かもしれない。あるいは海など、生命の誕生に関わる水も思わせる。エロスでありつつも詩情のある句である。
青き火のあつけなくつく花疲れ
「愛の火曜日句会」ではつねづね、「恋」という表現を用いずに恋を詠むよう提案をしている。また、景の描写だけれども恋の心情を含ませた句を評価してきた。掲句も景の描写と恋が同時進行で語られている。花見の後にライターを点けると青い火が立った。青い火は消えやすいのでなかなか点かないこともある。すぐに点いてしまったことで緊張感がとけて疲れを感じたのだ。だがその〈青い火〉は恋の情念の火も思わせる。情熱の赤ではなく、冷ややかな青は、恋の疲れでもあるのだ。
東京夜苺が欧州へ行きぬ
東京が夜である時間に苺が欧州へ行くとはどういうことか。輸入する苺かそれとも土産菓子の苺か。苺は赤くて恋人の唇のようだ。そう考えると、欧州へ行く恋人を見送った時の句ということになる。実際に、拶希さんの奥様は仕事の都合でイタリアに行かれており、しばらく遠距離結婚だった。そういう事情を知らなくても面白い句である。
以上、恋の句ばかりを紹介したが、恋の句以外の句も魅力的な作者である。
縫ひぐるみ持つてきてゐる天の川
毛皮見て故動物と思ふなり
初夢に笑顔の他人地平線
「蒼海」に発表された句である。一句目は、〈天の川〉に縫いぐるみを持ってきているのが不思議であるが、縫いぐるみが好きな織姫なのかもしれない。二句目は、毛皮を〈故動物〉と捉える生真面目な可笑しさ。三句目は、初夢に出てきた〈笑顔の他人〉と〈地平線〉に寂しさが見える。やはり、多くを語らず読者に想像させる詠み方が魅力である。
除雪車にシールを貼つた男かな
堕ちながら鷹闘つてをりにけり
冬山家あつて空気が止まりたり
ネットプリント「韻季」に発表された句より三句。除雪車、鷹、冬山家、いずれもしっかりと情景が見える句になっている。状況設定や飛び道具の面白さも詠めるが、物を良く見て描写する力のある作者であることが分かる。
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