猪を見かけて粘土こねてをり
秋蝶の省かれてゆく肖像画
直近のSNSにて発表された句である。一句目、猪を見たことと粘土をこねることは何の因果関係もないのだが、どこかで響き合っている。二句目は、肖像画に秋蝶が省かれているという発想が面白い。高い詩情性のある句である。
君の撃つ水鉄砲に倒れけり
「俳句てふてふ」に発表し、好評だった句のようだ。微笑ましい恋の句である。幅広い表現力を持ち、抽斗の多い作者であるが、本領は恋の句なのかもしれない。
秋の海まで連れてきてしまひけり 嶋乃拶希
掲句も「愛の火曜日句会」のテーマに沿って詠まれた句である。当日の高点句であったと記憶している。〈連れてきてしまひけり〉とあるので、連れてくる予定ではなかったのだが、海まで来てしまったという内容だ。連れてきたのは、恋の相手であろう。何か伝えたいことがあったのだけれども伝えられないまま、気が付いたら海に来ていたという状況が浮かんだ。夏の海と違って秋の海は静かである。切れ字の〈けり〉に主人公の「この後どうしようか」といった戸惑いの心が響いている。
とは言っても、これは私の勝手な解釈である。つまり掲句の舞台設定は全て読者の想像に任せているのである。想像の余地を沢山残し、読者を楽しませる手法は作者の得意とする詠み方の一つといえる。そして、「恋」という言葉や恋愛関連語を用いずに恋する気持ちが見えてくる作り方も見事である。
どうして海まで連れてきてしまったのか。私は、愛の告白をしようとそのタイミングを見計らっているうちに海まで来てしまったと想像した。本当は夏になる前に告白し、一緒に夏の海で泳ぐはずだったのに、機会を逸しているうちに秋になってしまった。だから〈秋の海〉なのだ。
しかし逆に別れの場面として解釈することも可能である。ひと夏の恋で終わらせようと夏休みが終わった頃から別れを切り出す機会を伺っていた。やがて情が湧いてしまいどうにも離れがたくなり、〈秋の海〉まで連れてきてしまった。この解釈のほうがしっくりくるかもしれない。
実は、私自身、掲句が詠まれた時のテーマを失念してしまっており、鑑賞を書くにあたり、いろいろ想像をめぐらすことになった。「告白」か「別れ」か。結果的に牧内登志雄氏が作成して下さった「2024年 愛の火曜日句会アーカイブ」に掲句が収録されており、テーマを知ることができた。テーマは「自惚れ屋の恋・勘違いの恋」であった。
ということは、相手は絶対に自分に惚れているという自惚れがあり海まで連れてきたのだ。むしろ連れて来てやったぐらいの気分で、「さあ、早く告白したまえ」と思っていたら、「私達友達よね」と言われてしまった・・・という滑稽な状況が想像できる。そうすると、〈連れてきてしまひけり〉に後悔の気持ちが響いてくる。テーマを知らなくても面白い句なのだが、知ったら知ったでさらに面白くなった。
通常俳句は、詠み手よりも読者の方が想像を膨らませる。特に愛の句会では、参加者から実にさまざまな妄想解釈が飛び出す。毎回選評の際は、参加者の解釈がどんどん広がってゆき、句会の終了時間が超過してしまうほどである。拶希さんはいつも自句自解を述べない。だが、恋の句を詠むにあたっては、読者の想像を遥かに超える物語設定を作り込んでいると思われる。実際に詠まれる句はシンプルで余白の多い句なのだが、語り過ぎないところが見事である。想像力が豊かであること、そしてそれを語り過ぎないこと。それは、恋の句を詠むにあたって、非常に大切なことであると気付かされた。
(篠崎央子)
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【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。

【篠崎央子のバックナンバー】
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>>〔211〕メロン割る恋の動悸のようなもの 寺田京子
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>>〔209〕炎えよ炎えよ絶滅危惧種の類人猿 三高邦子
>>〔208〕はつ恋のひとの白髪の涼しさよ 村山恭子
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>>〔206〕ラムネ玉からんと恋の後始末 牧内登志雄
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>>〔204〕夏蜜柑剝きし指より酢つぱき吻 坂内里桜
>>〔203〕主治醫に伝えむ黄蝶白蝶の籃輿 金子皆子
>>〔202〕先生それは白い雛菊カモミール 金子皆子
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>>〔195〕ひそやかに女とありぬ年忘 松根東洋城
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>>〔191〕胸中に何の火種ぞ黄落す 手塚美佐
>>〔190〕猿のように抱かれ干しいちじくを欲る 金原まさ子
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>>〔179〕水母うく微笑はつかのまのもの 柚木紀子
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>>〔171〕野遊のしばらく黙りゐる二人 涼野海音
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>>〔142〕あひふれしさみだれ傘の重かりし 中村汀女
