ともかくもくはへし煙草懐手 木下夕爾【季語=懐手(冬)】

ともかくもくはへし煙草懐手)

木下夕爾

いささかの勇気をもって発言するが、筆者は喫煙者である。

…と言ってもいわゆるヘビースモーカーではなく、朝家を出る前と、仕事から自宅に帰ってきたところでのニ本、こそこそと吸っているだけだ。はっきり言って現在、喫煙者に明るい未来はない。待っているのは周囲からの冷たい視線、遠慮のない批難、そして不健康な肉体のみである。

スティーブン・キングの短編に「十時の人々」という作品がある。これは禁煙しようとして止められない「ホタル族」の主人公が世界の異変に気づく…という内容。煙草を吸ったときの頭脳明晰になったと錯覚する感覚が巧く表現されていて、とてもリアリティがある。

ともかくもくはへし煙草懐手 木下夕爾

本日紹介するのはこちらの句。
われわれ喫煙者は「いやあ、まいったね」というタイミングで必ず煙草を吸いたくなる。その心理を切り取った一句である。そしていずれこの世から滅びるであろう喫煙者たちの、寂しき墓標のような句でもある。

今年も一年間、いろいろありましたね。皆様に一本勧めるわけではないけれど、煙草を吸いつつ懐手をする、これくらいの気持ちで新年を迎えようではありませんか。一ヶ月駄文にお付き合いいただき、ありがとうございました。良いお年をお迎えください。

川原風人)


【執筆者プロフィール】
川原風人(かわはら・ふうと)
平成2年生まれ。鷹俳句会所属。平成30年、鷹新人賞受賞。令和3年、鷹俳句賞受賞。俳人協会会員


川原風人の自選10句】

箱庭の軽き女をつまみけり

ピンボール明滅街に雪降れり

噴水や記憶の母のふいに黙す

雨やみて湧き立つ揚羽変声期

夏霧の父を思へり火を見ては

アパートが川へ落ちさう養花天

夏蝶の死や裏返り裏返る

暗澹と秋果の照や山月記

影連れ立つ相談室の寒灯に

漂着のごとくわれあるさくらかな



【2021年12月の火曜日☆小滝肇のバックナンバー】
>>〔1〕柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺    正岡子規
>>〔2〕内装がしばらく見えて昼の火事   岡野泰輔
>>〔3〕なだらかな坂数へ日のとある日の 太田うさぎ
>>〔4〕共にゐてさみしき獣初しぐれ   中町とおと

【2021年12月の水曜日☆川原風人のバックナンバー】
>>〔1〕綿入が似合う淋しいけど似合う    大庭紫逢
>>〔2〕枯葉言ふ「最期とは軽いこの音さ」   林翔
>>〔3〕鏡台や猟銃音の湖心より      藺草慶子
>>〔4〕みな聖樹に吊られてをりぬ羽持てど 堀田季何

【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】
>>〔1〕海くれて鴨のこゑほのかに白し      芭蕉
>>〔2〕木枯やたけにかくれてしづまりぬ    芭蕉
>>〔3〕葱白く洗ひたてたるさむさ哉      芭蕉
>>〔4〕埋火もきゆやなみだの烹る音      芭蕉
>>〔5-1〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【前編】
>>〔5-2〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【後編】


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