渡り鳥はるかなるとき光りけり
川口重美
帰ってゆくものがあれば、渡ってくるものがある。「渡り鳥」とは、越冬のために北方から渡ってくる鳥たちのこと。秋の空は鳥たちの移動の空だ。一羽ずつではなく、大抵は群れで移動してくるので、秋の空を眺めていると、遠くても渡りの鳥たちの姿を見つけることができる。渡りは鳥の本能とはいえ、はるか長い道のりを、ひたすらに羽ばたいて来るその姿を美しいと思う。途中で命を落とすものもきっとあるだろう。
はるかなるとき光りけり
渡り鳥の姿が、尊い光のように描かれていて、とても印象的な句だ。
声に出して読んでみて欲しい。韻律が実に美しく響いてくることがわかる。作者の言う「はるか」とは、単純な距離の遠さだけではない。手に入れることの出来ないものへの、こころの距離でもある。
目つむれば秋の光は地より湧き
泳ぐ身をさびしくなればうらがへす
妙に深いソファー、時計が止まっている
つねにどこかに寂しさを湛えているような重美の句。渡り鳥の句もそう。
25歳の若さで命を絶った作者。命をつなぎとめるかのように詠まれた句が、読むものに輝きながら立ち上ってくる。
『川口重美句集』(1963)所収。
(日下野由季)
【執筆者プロフィール】
日下野由季(ひがの・ゆき)
1977年東京生まれ。「海」編集長。第17回山本健吉評論賞、第42回俳人協会新人賞(第二句集『馥郁』)受賞。著書に句集『祈りの天』、『4週間でつくるはじめてのやさしい俳句練習帖』(監修)、『春夏秋冬を楽しむ俳句歳時記』(監修)。