わが恋人涼しチョークの粉がこぼれ 友岡子郷【季語=涼し(夏)】

 ちなみに私が文学を志す切っ掛けとなった国語教師は、教え子と結婚している。初めて担任を持った時の生徒が数年後に教育実習でやってきて、葛藤を抱えつつも恋仲となってしまったらしい。教え子の授業をはらはらしながらサポートしていたことが恋へと発展したのだ。先生の奥様が言うには「生徒だった時代、小説家を挫折したダサい先生に恋心を抱き国文科へ進学したの。教育実習の指導教官に指名して、初恋を叶えることができたのよ」とのこと。教える側と教えられる側が恋に落ちるのは当然と言えば当然である。その後、奥様は専門学校の文学講師となり、夫となった先生よりも高収入になったとか。弟子とか後輩が輝くことは嬉しいのだけれども先生としては複雑な気持ちであろう。

わが恋人涼しチョークの粉がこぼれ
友岡子郷
(『遠方』)

 作者は、大学在学中、高浜虚子の「ホトトギス」、波多野爽波の「青」に投句。教師をしながら同人誌「椰子」を創刊。チョークや黒板の句が多い。掲句は、若い頃の句なので、恋人は同僚の教師であろう。

 教師同士もまた恋愛関係になりやすい。生徒の手前、婚約するまでは二人の仲は秘密にするものである。中学校の父兄参観日の時である。担任の女教師の授業を男教師が廊下の窓から覗いていた。同僚の友情としか思わなかった。不良生徒の暴走を監視する役目もあったのだろう。授業は問題なく終了するのだが、教室の外にいた男教師は「お疲れ様」と言ってハンカチを渡す。女教師の紺のスーツにはチョークの粉が薄雪のように付着していた。当然ながら生徒達が冷やかす。二人が婚約を発表したのはその数か月後である。

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