巣をあるく蜂のあしおと秋の昼 宇佐美魚目【季語=秋の昼(秋)】


巣をあるく蜂のあしおと秋の昼

宇佐美魚目


蜂が歩いているところを、じっと見たことがある。
蜂の巣がどんな形をしているかも、もちろん知っている。
だからなのか、一読して「巣をあるく蜂のあしおと」に違和感がなく、不思議とその景がスッと思い浮かんだ気がした。

あしおとは、きっとかすかな音だろう、と想像する。文字としてこれを認識したばかりの自分の脳が、「蜂のあしおと」を再生しようとしてやっと、ハッとする。
よくよく考えてみると、巣をあるいている蜂の“あしおと”は、聞いたことがない。
こうして文章にしてしまうとあたりまえに感じるが、この句をはじめて読んだときの「ハッとした」感は、まさにそんな感覚だった。

すると今度は途端に、掲句の感覚の鋭さや、(見たことがないものなのに)確かで美しい景だと思わせてくれる表現力の巧妙さに気づく。
秋の昼の澄んだ空気を伝って、その聞いたことのない微かな音が、なぜか聞こえてくるような気さえするのだ。
目では見えないものも、こうやって繊細かつシンプルに描写することで、逆にリアリティが膨らんでいくのは俳句のおもしろいところだ。
巣のようすや明暗、その足音、蜂の脚の細さ、脚と巣との接点、蜂のちょこまかとした動き…そうして想像を膨らませているうちに、知らぬ間に自分が蜂サイズになっているような、不思議な視点さえ持てる。

歩いている蜂の全体像ではなく「あしおと」、その「音」に焦点を絞るために、わざわざ「あるく」と言い切っているところも、この句の妙だと思う。
「あるく」「あしおと」の重なりによる絶妙なことばのねじれのようなものが、このリアリティにつながるのかもしれない。
「a」音の重なりからそのまま季語へ導かれ、すっと心地よく読み終えられるところもいい。

「実景との地続きを匂わせつつ、知らぬうちに読み手をどこにもない虚景へと誘いこんでたのしんでいる。」と、宇佐美魚目のことを書いたのは、俳人の中田剛さん。
(宇佐美魚目ラビリンス(七十)」中田剛 2022.10/『円座』より一部引用)

剛さんのことばが、本当に魚目作品の良さを言い得ている。
シンプルな表現で、美しく淡々と描かれたように見える世界。確かな写生の骨格を持ちながら、性質の異なるものをさりげなく混ぜ込み描くような掲句のように、いつの間にかどこかへ連れて行かれてしまうのが、魚目作品の面白いところだと思っている。

宇佐美魚目のいくつかの句集から、好きな作品を。

馬もまた歯より衰ふ雪へ雪 宇佐美魚目『秋収冬蔵』
水へ落つ水あり落穂手燭めき 同『秋収冬蔵』
息白し白し雨ふる塔の闇 同『紅爐抄』

単純なことば遊びのリフレインとは少し違う、レイヤーをもう一層追加するような重ね方。独特の浮遊感をともなった、リフレイン表現に驚きがある。同じことば、同じ場所にいるつもりなのに、気づかないうちに読者を全く異なるところに連れて行ってしまう力だ。

初夢のいきなり太き蝶の腹 宇佐美魚目『草心』
美しきものに火種と蝶の息 同『薪水』
人間をふちどるひかり黴畳 同『松下童子』

蝶の句も多い。一句目は句集『草心』の冒頭に置かれた句。最初からぐぐっと引き込まれる。
骨格確かな写生に幻想味が加わったことにより、ときにゾッとするようなことば選びをしてもなおかすかな実感を伴うような既視感、生の強さが勝る。

顔に墨つけて洋々日永の子 宇佐美魚目『天地存問』
一月の瓢箪のこの酒のゆれ 同『草心』
この中の誰雨をんな竜の玉 同『紅爐抄』

目の前に見えている事象から、視線や見方に変化をつける、ことばの接続の仕方が独特。それが、手元の実感をより深くする。
さりげなく埋め込まれたこの軽やかなこの接続は、場面を切り替えたり意識を変えたりするだけでなく、季語の存在感をより確かなものとして置き直しているようにも見え、一句の強さが増幅する。

写生としてただ美しいだけでなく、美しさのなかにある、恐ろしさの欠片のようなものが見え隠れする句もある。
それは偶然や無意識、夢や欲求を表現することを目指したシュルレアリスム作品のようでもあり、ときにゾワっとする奇妙さを感じさせることもあるが、最後は見事に美へ着地してくれるところが巧みで、そしてとても憧れる。

巣をあるく蜂のあしおと秋の昼 宇佐美魚目
句集『草心』所収。

後藤麻衣子


【執筆者プロフィール】
後藤麻衣子(ごとう・まいこ)
2020年より「蒼海俳句会」に所属。現代俳句協会会員。「全国俳誌協会 第4回新人賞 特別賞」受賞。俳句と文具が好きすぎて、俳句のための文具ブランド「句具」を2020年に立ち上げる。文具の企画・販売のほか、句具として俳句アンソロジー「句具ネプリ」の発行、誰でも参加できるWeb句会「句具句会」の開催、ワークショップの講師としても活動。三菱鉛筆オンラインレッスン「Lakit」クリエイター。
2024年より俳句作品を日本語カリグラフィーで描く「俳句カリグラフィー」を、《編む》名義でスタートし、haiku&calligraphy ZINE『編む vol.1』を発行。俳句ネプリ「メグルク」メンバー。
デザイン会社「株式会社COMULA」コピーライター、編集者。1983年、岐阜生まれ。

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2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



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