母の目の前で沸かして湯たんぽへ
守屋明俊
『旅鰻』より
先週から一段と朝晩冷え込むようになってきた。モニタリング訪問で担当している方のご自宅を訪問すると、もう暖房がついている!まだ日中は暖かいのに・・・と思いながらよく見ると、膝には電気毛布が・・・。皆さん暑さにはめっぽう強い(いや、鈍い)のに、寒さにはとても敏感。今からこれでは年を越せるのか心配になってしまう。
でも加齢とともに体温調節機能が低下していくのは必然・・・ゆるゆると寒さに身体を慣らしていかないと対応できないのに、秋が短かったから余計身体に堪えているのだろう。地球温暖化の影響がこんなところにも出ているのかも?!そんなことを思いつつ、掲句。
母の目の前で沸かして湯たんぽへ
説明は何もいらないだろう。お湯を沸かして湯たんぽへ入れるまでの動作、時間の経過、母と子の間に流れる穏やかな時間などがほのぼのと見えてくる。日常のひとコマをそのまま詠みこんだ一句、でも日常のこうした動作を丁寧に詠んだ句は意外に少なくて、新鮮に映る。
そしてこの「母の目の前で」には、実は介護の極意が隠れている。高齢者(特に認知症)介護でよく言われることに「説得より納得」という言葉がある。息子が沸きたてのお湯を湯たんぽに入れてくれたと見て、納得することで、より暖かさを感じられるのである。そしてその安心感の中で自然と深い眠りにつくことができる。
介護者にとっては布団の中にポンと湯たんぽを入れておくほうが楽。でも敢えて「目の前で沸かして」湯たんぽを準備することが大切なのだ。作者はあらゆる場面でこんな優しい介護をされていたのだろう。あくまでもさりげなく、こんな深い句を詠まれることに、ケアマネとして感動を覚えてしまう。
作者の守屋明俊さん(1950年生)は私が所属していた「未来図」の元編集長、大大大先輩である。現在は俳誌「閏」代表、「磁石」同人として活躍されている。
昨年、第5句集『旅鰻』をご上梓、あとがきには2020年に鍵和田秞子先生、2021年に97歳のお母様を見送られたことが記されている。介護から看取りまでの日々の中、優しさとユーモアが滲む句が随所に出て来る。
・鳴くんだぞ鶯餅を先生へ
・一粒の葡萄を母へ賽の目に
・あたたかや母の遺せしヤクルト飲む
自然詠や旅の句にも魅力的なものが多い。
・籐寝椅子父の全盛期の熱海
・涙ほどあたたかき雨春を待つ
・潮風のさねさしさがみ蘆芽ぐむ
守屋ワールド全開な句も挙げておかねば。
・子規の忌の月見バーガー子規と食ふ
・密会はむらさきを着て鳥兜
・鰻重といふ玉手箱若返る
飄々とした詠みぶりの中に深い滋味、慈愛を感じる句集は、何度読み返しても新しい発見がある。真面目な顔でダジャレを連発する守屋さんの隠れファンは多い。
〈未来図の最後の小春日和かな〉は令和二年の句。
守屋さんは結社「未来図」の終刊に尽力され、後継誌「磁石」に引き継いだ。そしてその後に「閏」を創刊される。未来図終刊後、他にも幾つかの結社が生まれたことは俳壇でも話題になったことと思う。主宰・代表になるべき先輩方がたくさんいらした本当に素晴らしい結社だった。そんな結社で学べたことを今も誇らしく思っている。
☆おまけ秘話
同じく『旅鰻』の中に〈秋の航鞄にドロップ缶と星〉という句がある。
この句は2018年に第一句集を上梓した「未来図三人娘」をお祝いして作られた句だったと最近になって伝え聞いた。その三人の句集が『子の鞄』(花野くゆ)、『ドロップ缶』(中村ひろ子※現在は中村かりん)、『星屑珈琲店』(山田牧)。
なんと、句集名から「鞄」「ドロップ缶」「星」の字を入れ込んで一句を成している。季語の「秋の航」からは〈秋の航一大紺円盤の中〉と詠んだ中村草田男の師系であることを示しつつ、三人の新たな船出を祝っていることが伝わってくる。
「こんな句を作ったよ」なぁんて一言も言わず、さりげなくウィットに富んだ祝句を発表されていた守屋さん。やっぱり優しいお方なのだ。何だか深イイ話。
(黒澤麻生子)
【執筆者プロフィール】
黒澤麻生子(くろさわ・まきこ)
1972年千葉県生まれ。1999年「未来図」入会。2004年未来図新人賞受賞。2005年「未来図」同人。俳人協会会員。2009年「秋麗」創刊に参加。2017年刊行『金魚玉』(ふらんす堂)により第41回俳人協会新人賞・第6回与謝蕪村賞新人賞受賞。2021年未来図後継誌「磁石」創刊に参加。現役ケアマネジャー。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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