夏の暮タイムマシンのあれば乗る 南十二国【季語=夏の暮(夏)】

夏の暮タイムマシンのあれば乗る

南十二国

 ドラマにも短期的なトレンドがあるらしく、医者ばかりのクールがあれば刑事ばかりのクールもある。ある時期はタイムスリップものが複数ラインナップされていた。

 昨今ではタイムマシンやタイムスリップといっても特に説明は必要なく、その設定を出すだけではもう視聴者は驚かない。それが当たり前の世界の中でどんな人間模様が見られるかが問題なのだ。

その「問題」、俳句にも通じるものがある。

夏の暮タイムマシンのあれば乗る

 タイムマシンがもしあったら、ではない。あったので乗るのである。「もしあったら」なのであれば仮定条件なので未然形の「あらば」とするべきところだが、この句では已然形の「あれば」なので「~ので(理由)」や「~のある時はいつでも(条件)」の意味になる。

 俳人をはじめ古文の知識のある人ならなじみのある話だが、このように「やってやった」感のない使われ方をすると「ちゃんと気づきましたよ」と叫びたくなるのだ。多くの皆様はこんな風に叫ぶことなく静かに理解しているのだろうけど。

 神社があったので拝むように、そこに山があるから登るように、そこにタイムマシンがあるから乗るのだ。

 タイムマシンには夏の暮が似合う。夏休みの始まった晩夏あたりだろう。夏休みが長かった頃、自分が大人になったらタイムマシンはできているだろうと結構信じていた。映画「サマータイムマシン・ブルース」(2005年)がなぜサマーなのか、渡辺美里のヒット曲「サマータイム ブルース」に引っ掛けたいだけと思い込んでいたが(映画とは無関係)、今考えてみると「サマー」以外の季節ははまらない。

 この句集でとりあげたい句はほかにもたくさんあったが、「あれば」の話をどうしてもしたくてこの一句にした。未練たっぷりに好きな句をあげて今週の締めとしたい。

 春の空言葉は歌になりたがり

 ロボットも博士を愛し春の草

 あめんばうとぷんと小石沈みけり

 芋の露大きくのびて零れけり

 木犀や恋のはじめの丁寧語

 美しといふ語美し夕焼雲

 拝殿の柱芳し初雀

『日々未来』(2023年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】
>>〔156〕かきつばた日本語は舌なまけゐる 角谷昌子
>>〔155〕【林檎の本#3】中村雅樹『橋本鷄二の百句』(ふらんす堂、2020年)
>>〔154〕仔馬にも少し荷をつけ時鳥 橋本鶏二
>>〔153〕飛び来たり翅をたゝめば紅娘 車谷長吉
>>〔152〕熔岩の大きく割れて草涼し 中村雅樹
>>〔151〕ふらここの音の錆びつく夕まぐれ 倉持梨恵
>>〔150〕山鳩の低音開く朝霞 高橋透水
>>〔149〕蝌蚪一つ落花を押して泳ぐあり 野村泊月
>>〔148〕春眠の身の閂を皆外し 上野泰
>>〔147〕風なくて散り風来れば花吹雪 柴田多鶴子
>>〔146〕【林檎の本#2】常見陽平『50代上等! 理不尽なことは「週刊少年ジャンプ」から学んだ』(平凡社新書)
>>〔145〕山彦の落してゆきし椿かな 石田郷子
>>〔144〕囀に割り込む鳩の声さびし 大木あまり
>>〔143〕下萌にねぢ伏せられてゐる子かな 星野立子
>>〔142〕木の芽時楽譜にブレス記号足し 市村栄理
>>〔141〕恋猫の逃げ込む閻魔堂の下 柏原眠雨
>>〔140〕厄介や紅梅の咲き満ちたるは 永田耕衣
>>〔139〕立春の佛の耳に見とれたる 伊藤通明
>>〔138〕山眠る海の記憶の石を抱き 吉田祥子
>>〔137〕湯豆腐の四角四面を愛しけり 岩岡中正
>>〔136〕罪深き日の寒紅を拭き取りぬ 荒井千佐代
>>〔135〕つちくれの動くはどれも初雀 神藏器
>>〔134〕年迎ふ山河それぞれ位置に就き 鷹羽狩行
>>〔133〕新人類とかつて呼ばれし日向ぼこ 杉山久子
>>〔132〕立膝の膝をとりかへ注連作 山下由理子
>>〔131〕亡き母に叱られさうな湯ざめかな 八木林之助【吉田林檎のバックナンバー】
>>〔152〕熔岩の大きく割れて草涼し 中村雅樹
>>〔151〕ふらここの音の錆びつく夕まぐれ 倉持梨恵
>>〔150〕山鳩の低音開く朝霞 高橋透水
>>〔149〕蝌蚪一つ落花を押して泳ぐあり 野村泊月
>>〔148〕春眠の身の閂を皆外し 上野泰
>>〔147〕風なくて散り風来れば花吹雪 柴田多鶴子
>>〔146〕【林檎の本#2】常見陽平『50代上等! 理不尽なことは「週刊少年ジャンプ」から学んだ』(平凡社新書)
>>〔145〕山彦の落してゆきし椿かな 石田郷子
>>〔144〕囀に割り込む鳩の声さびし 大木あまり
>>〔143〕下萌にねぢ伏せられてゐる子かな 星野立子
>>〔142〕木の芽時楽譜にブレス記号足し 市村栄理
>>〔141〕恋猫の逃げ込む閻魔堂の下 柏原眠雨
>>〔140〕厄介や紅梅の咲き満ちたるは 永田耕衣
>>〔139〕立春の佛の耳に見とれたる 伊藤通明
>>〔138〕山眠る海の記憶の石を抱き 吉田祥子
>>〔137〕湯豆腐の四角四面を愛しけり 岩岡中正
>>〔136〕罪深き日の寒紅を拭き取りぬ 荒井千佐代
>>〔135〕つちくれの動くはどれも初雀 神藏器
>>〔134〕年迎ふ山河それぞれ位置に就き 鷹羽狩行
>>〔133〕新人類とかつて呼ばれし日向ぼこ 杉山久子
>>〔132〕立膝の膝をとりかへ注連作 山下由理子
>>〔131〕亡き母に叱られさうな湯ざめかな 八木林之助
【吉田林檎のバックナンバー】
>>〔152〕熔岩の大きく割れて草涼し 中村雅樹
>>〔151〕ふらここの音の錆びつく夕まぐれ 倉持梨恵
>>〔150〕山鳩の低音開く朝霞 高橋透水
>>〔149〕蝌蚪一つ落花を押して泳ぐあり 野村泊月
>>〔148〕春眠の身の閂を皆外し 上野泰
>>〔147〕風なくて散り風来れば花吹雪 柴田多鶴子
>>〔146〕【林檎の本#2】常見陽平『50代上等! 理不尽なことは「週刊少年ジャンプ」から学んだ』(平凡社新書)
>>〔145〕山彦の落してゆきし椿かな 石田郷子
>>〔144〕囀に割り込む鳩の声さびし 大木あまり
>>〔143〕下萌にねぢ伏せられてゐる子かな 星野立子
>>〔142〕木の芽時楽譜にブレス記号足し 市村栄理
>>〔141〕恋猫の逃げ込む閻魔堂の下 柏原眠雨
>>〔140〕厄介や紅梅の咲き満ちたるは 永田耕衣
>>〔139〕立春の佛の耳に見とれたる 伊藤通明
>>〔138〕山眠る海の記憶の石を抱き 吉田祥子
>>〔137〕湯豆腐の四角四面を愛しけり 岩岡中正
>>〔136〕罪深き日の寒紅を拭き取りぬ 荒井千佐代
>>〔135〕つちくれの動くはどれも初雀 神藏器
>>〔134〕年迎ふ山河それぞれ位置に就き 鷹羽狩行
>>〔133〕新人類とかつて呼ばれし日向ぼこ 杉山久子
>>〔132〕立膝の膝をとりかへ注連作 山下由理子
>>〔131〕亡き母に叱られさうな湯ざめかな 八木林之助


>>〔130〕かくしごと二つ三つありおでん煮る 常原拓
>>〔129〕〔林檎の本#1〕木﨑賢治『プロデュースの基本』
>>〔128〕鯛焼や雨の端から晴れてゆく 小川楓子
>>〔127〕茅枯れてみづがき山は蒼天に入る   前田普羅
>>〔126〕落葉道黙をもて人黙らしむ   藤井あかり
>>〔125〕とんぼ連れて味方あつまる山の国 阿部完市
>>〔124〕初鴨の一直線に水ひらく 月野ぽぽな
>>〔123〕ついそこと言うてどこまで鰯雲 宇多喜代子
>>〔122〕釣銭のかすかな湿り草紅葉 村上瑠璃甫
>>〔121〕夜なべしにとんとんあがる二階かな 森川暁水
>>〔120〕秋の蚊の志なく飛びゆけり 中西亮太
>>〔119〕草木のすつと立ちたる良夜かな 草子洗
>>〔118〕ポケットにギターのピック鰯雲 後閑達雄
>>〔117〕雨音のかむさりにけり虫の宿 松本たかし
>>〔116〕顔を見て出席を取る震災忌 寺澤始
>>〔115〕赤とんぼじっとしたまま明日どうする 渥美清
>>〔114〕東京の空の明るき星祭 森瑞穂
>>〔113〕ねむりても旅の花火の胸にひらく 大野林火
>>〔112〕口笛を吹いて晩夏の雲を呼ぶ 乾佐伎
>>〔111〕葛切を食べて賢くなりしかな 今井杏太郎
>>〔110〕昼寝よりさめて寝ている者を見る 鈴木六林男

関連記事