どうどうと山雨が嬲る山紫陽花
長谷川かな女
「山に登ってみたい」というN子さんと一人でも山に登るM子さんの3人で登山。当初は大菩薩峠に行く予定で、車を出すからにはと運転の練習までしたが、雨の予報により断念。天気の心配のない陣馬山に登った。
酷暑の陣馬山はなかなかの修行になった。熱中症になりかけた初心者のN子さんを励ましつつ、休み休み登頂。帰りに寄った陣谷温泉では何のごほうびなのかというくらい入浴の幸せを味わった。陣谷温泉は宿なので満室の場合日帰り温泉が使えないのだが、運良く入ることができた。懐かしい佇まいの湯宿だった。
その3日後、家人と金峰山へ。夜の空ける前に活動開始、日本一標高の高い駐車場を目指した。午後から雨の予報だったが昼には下山予定なので問題なし。山頂で迫ってくる雲を呑気に眺めつつ弁当を食べたりしていた。
そのすべては甘かった。
下山の半分にも達しないうちに本降りの雨。出発時間が予定よりも1時間遅かったのだから予報通りなのだ。しかも雨の備えはなし。標高2400~2500m、気温14度で90分にわたり打たれる雨は実に冷たかった。下山後に寄ったコンビニ前のガードレールに触れて暖をとり、「あったかい…」とつぶやいてしまった。温泉に入るために着替えを準備しておいたのがせめてもの救いだった。
10時間の睡眠をとって復活、風邪もひかず無事社会生活に戻った。
短期間のうちに暑さと寒さの修行ができてしまった。予定外なのだけれど。
どうどうと山雨が嬲る山紫陽花
山で雨にあってもタクシーもなければコンビニもない。ただ、打たれるほかにないのである。木蔭では雨宿りにならない。どうどうと山紫陽花を嬲る山雨(さんう)。可憐に咲く山紫陽花も、山雨に打たれるがままになるほかにない。
この句、雨が嬲る紫陽花では面白くない。山雨が嬲る山紫陽花だからかすかに浮世離れした味わいを生むのだ。
陣馬山では山紫陽花が見られた。金峰山ではこれでもかというほど山雨を浴びた。今回は山紫陽花と山雨を一度に経験していないが、あの山紫陽花にあの山雨が降ったならと思うと「どうどうと」や「嬲る」といった言い回しにも頷ける。
昭和28年に伊豆を旅した際の一句。
山雨に嬲られる山紫陽花を見てみたい気もするが、それには雨と防寒の備えを完璧にしておかなければ。
『胡笛』(1958年刊)所収。
(吉田林檎)
【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)。
【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】
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