坂道をおりる呪術なんかないさ
下村槐太
(昭和39年)
秋葉原で時間ができたので、献血に行った。今回が19回目だったので、次は20回の節目を迎えることになる。
献血会場では各種ドリンクやお菓子が無料で提供されたりするだけでなく、時期ごとのイベントやポイントによってさまざまなグッズがもらえることも多い。今回も何かのポイントが貯まっていたらしく、けんけつちゃんが描かれたポーチをもらった。
そんな中で、密かに狙っているアイテムがある。それは、献血回数が10回、30回、50回に到達した際にもらえる「おちょこ」である。
最近少しバリエーションが増えたようだが、1995年に登場したこのおちょこ(ガラス器)は健在である。
10回で貰える青のおちょこは家にあるので、あとは30回の「黄」と50回の「緑」を目指すことになる。
傷病者のフォローや難病の治療を目的とする献血の景品が酒器というのはどうかとも思うが、僕のような人間がこれをモチベーションに献血している以上、提供者の増加にはある程度寄与している…っぽい。
献血後は立ちくらみやめまいの防止のため、休憩室で数十分過ごすように命じられる。今回訪れた秋葉原ルームは流石と言うべきか、漫画の蔵書数が非常に多い。しばらく棚を眺めたのち、『呪術廻戦』の続きを読むことにした。
『呪術廻戦』には、血を操る呪術が登場する。血を弾丸のように射出して攻撃したり、血を固めて防護壁を作り出したりすることができる。あるキャラは特性によりほぼ無尽蔵に血液を放出できるが、そうでないキャラもいる。彼は、輸血パックのようなものを携帯して戦闘に臨んでいた。
当然戦闘で使われる血液の量は400mlやそこらではないため、きっと彼は日頃から体調に余裕のある時に採血をして冷蔵庫に溜めているのだろう。「うーん、今日の敵は強そうだから3パック持っていくか…でもそしたら明日の分が足りないな…」みたいなことを考えているとしたら、かわいいなと思う。
坂道をおりる呪術なんかないさ
下村槐太
(昭和39年)
僕たちは血液を弾丸に変えられないけれど、実は思っているよりもいろんなことができる。ご飯を食べれば身体を動かせるし、家族を想えば手紙を書くことだってできる。今日僕が放った血が誰かの命を救ったりなんかしたならば、もはや奇跡と言ってもいいだろう。坂道をおりる呪術がないのは、僕たちがすでに坂道のおりかたを知っているからだ。
(細村星一郎)
【執筆者プロフィール】
細村星一郎(ほそむら・せいいちろう)
2000年生。第16回鬼貫青春俳句大賞。Webサイト「巨大」管理人。
【細村星一郎のバックナンバー】
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