すこし待ってやはりさっきの花火で最後 神野紗希【季語=花火(夏)】


すこし待ってやはりさっきの花火で最後

神野紗希


今年も各地で花火大会が開催されましたね。私はここ十年ほど花火大会に行っていないのですが、幼少期に行った地元の小さな夏祭りの花火が今でも強く印象に残っています。規模が小さいからか花火との距離が近く、花火の美しさよりも打ち上がるたびに心臓にズドンと響いた痛みを覚えています。

掲句が描いているのは、花火大会の終盤の何気ないワンシーンです。花火大会の目玉といえば、フィナーレの盛大な演出ですよね。何十、何百発もの花火が連続で打ち上がり、大玉が夜空にひしめく大迫力のスターマイン。BGMに合わせて打ち上がるものもあり、その美しさには心を動かされます。そしてその華やかな花火が終わってしばらく間が空くと、その度にこれで終わりだろうかと夜空を見つめる静かな時間が発生します。それから、終わったのなら駅も混むしもう帰ろうかなどと話している間に、また花火は揚がり始めるのです。年に何度も行くようなものではありませんから、せっかくならば最後まで観終わってから帰りたいもの。終わりと判断して帰りのスタートダッシュを決めるかどうかの駆け引きは、現地で観たことがある人にしかわからないリアルさがあります。掲句が切り取っているのは、花火が消えてしばらく待った結果、アナウンスが流れるなどして本当に最後の花火だったことがわかった瞬間。緊張が途切れ、ざわざわと周りが花火の感想を言い始めたときの緩んだ空気を、「やはりさっきの花火で最後」の字余りから感じ取ることができます。どんな規模の花火大会なのか、誰と来ているのか、どんな花火が打ち上がっていたのか、それらの情報を句から読み取ることはできません。ですが、花火大会ならではの終わったときのあっけなさや空気感はしっかりと感じることができます。私は掲句をはじめて見たとき、こんなシーンを俳句として切り取るのかと衝撃を受けました。

そして、なんと言っても掲句の魅力はやはり「すこし待って」から始まる現代語の文体にあります。待っている状態を書いているのか、「すこし待って」という台詞を書いているのか、私は後者だと考えますが、いずれにせよこの臨場感は「すこし待ちて」や「ちと待ちて」といった文語では表現できません。また、口語の俳句でありながら、句全体が軽くなりすぎていないところもポイントのひとつです。

ちょっと待ってやっぱりさっきの花火で最後

「すこし」と「やはり」をよりカジュアルな言葉に置き換えてみました。これはこれで悪くはありませんが、原句の方が花火が終わってしまった寂しさをより感じ取れると思いませんか。「すこし」と「やはり」は話し言葉でも使いますが、特に「やはり」は主に書き言葉で使用するやや硬い表現です。文語と口語の間のような現代語の書き言葉が、親しみやすさと切なさを一句の中に両立させているのです。

花火以外にも、終わってからあれが最後だったのかと気がつくことは多くあります。あれが大学での最後の学食だったのか。あれがサンタクロースを信じていたときの最後のプレゼントだったのか。そんな取るに足らないことから、あれが友人と仲直りする最後のチャンスだったのか。あれが母が読み聞かせしてくれた最後の絵本だったのか。あれが祖母と行った最後の旅行だったのか──。その最後だった出来事に後から気がついたとき、「すこし待って」と私は私に語りかけ、寂しく、そして愛おしく思うのです。

神野紗希 句集『光まみれの蜂』より)

斎藤よひら


【執筆者プロフィール】
斎藤よひら(さいとう・よひら)
1996年 岡山県にて生まれる。
2018年 大学四年次の俳句の授業をきっかけに作句を始める。
第15回鬼貫青春俳句大賞受賞。
2022年 「まるたけ」に参加。
2023年 第15回石田波郷新人賞角川『俳句』編集長賞受賞。
2024年 「青山俳句工場05」に参加。

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2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



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