家庭を顧みなければ責められ、家庭のことに関わろうとしても、求めていることとは違うと責められる。これでは、せっかく育休を取っても不貞腐れて「朝寝」する夫を一定数生み出すだろう。国の法改正や制度の運用徹底などで、企業が男性社員の育休取得を推進するのは良いが、それぞれの家庭内の実情に即して、どのように育児に取り組むのかという夫婦間の話し合いがなければ、「組織に育休を取らされている感がぬぐえない」と、いう妻側の意見が出てくるのも興味深い。「育休中の夫が自宅にいることで、食事の支度が一人分増えたことに負担を感じる」という不満を妻から抱かれるのは、家事も育児も何をしたら良いかわからず、ただ自宅にいるだけの「取るだけ育休」の夫の典型的な例だろう。
そのような事態を避けるのには、やはり互いの譲歩と対話あるのみである。筆者の例で恐縮なのだが、我が家は「互いの家事のクオリティに文句を言わない」という夫婦間の協定(?)を結んでいる。比較的、料理を積極的に担ってくれる夫ではあるが、食器洗いが下手である。食器用洗剤のついたスポンジで軽く撫でるようにしか洗わないので、茶碗に米粒がこびりついていても、プラスチック容器の隅に油汚れのヌメリが残っていても、平気で洗いかごに入れてある。イラッともするが、まぁ、皿の数が少ない我が家。多少汚れが残っていても、また翌日には同じ皿を使うから、その時に洗ってきちんときれいになれば良いのだ…と、こっそり夫の見てないところで自分の納得いく仕上がりになるよう洗い直している。夫も夫で、掃除がとことん苦手で「ホコリに食われて死んだ人はいない!」などとうそぶいている筆者のことを理解しているのか(諦めているのか)、ついに先日、AI搭載の床掃除ロボットを購入し、スマホを駆使しての設定に勤しんでいた。
それでもどうしても納得のいかない時は、できる限り話しあいをするようにしている。そもそも大切なのは、困ったときに話しあいができる関係性を日頃から維持すること。そのために相手のやること/やらないに対して、その理由も含めて理解し、どの程度なら妥協できるのかを決めるのも大事なのではないだろうかと思う。
どんなに仲の良かった夫婦であっても、子どもが生まれれば生活は激変し、夫婦の関係性も変わる。互いの事情が変わったことに向き合わず、育児のスタート時に夫婦間の対話がないままになっては、その後の学齢期や受験といった子どもの成長の節目に、どちらか一方が負担を抱え込む結果となってしまう。育児で大変な時に非協力的だったという「恨み」は、後々「熟年離婚」の原因にもなるという。育児に疲れ切ってイライラしている妻がどんなに恐ろしく見えても、この句の作者のように不貞腐れて朝寝をしている場合ではないのだ。
(渡部有紀子)
【執筆者プロフィール】
渡部有紀子(わたべ・ゆきこ)
「天為」同人。第37回俳壇賞、第9回俳人協会新鋭評論賞。第1句集『山羊の乳』(第1回初花賞)。俳人協会会員。藤沢市俳句協会会員。