【連載】「ゆれたことば」#3「被災地/被災者」千倉由穂

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【連載】

ゆれたことば #3
「被災地/被災者」

千倉由穂(「小熊座」同人)


前回「瓦礫」を取り上げた。その語になぜ立ち止まったのか、その時わたしはうまく説明できなかったが、後に高島俊男著『漢字雑談』(講談社)を読み、新聞やテレビに「がれき」という言葉が出てきたことについて書かれた箇所があったので引用したい。

これは、今の記者が「瓦礫」という言葉(字)の意味を知らないこともあるが、一つには、津波で流された堆積・散乱しているものを指す言葉がないこともあるだろう。わたしはしかたなく日記に「塵荼」「残骸」などと書いているが、もとより適当ではない。あの、ありとあらゆる物の全体を指し得るものではない。政府も「がれき」と言い出した。一同の結論は、――「瓦礫」とは別の「がれき」という言葉ができたのだと認めるほかない、ということになった。

言葉がそのものを指し示すのではなく、近いと思われる言葉を当てはめたということ。このように言葉の持つ意味は膨らんでいくのかと思うと同時に、改めて異質な言葉だと感じた。

その語に自分が当てはまるのか、長く戸惑っていたものがある。

震災から一年程経った頃、わたしはホテルなどの配膳バイトをしていた。ある時、企業で行われるパーティのケータリングを手伝うことになり、数名で車に乗り合わせ移動していた。その途次、運転席の年配の男性に「宮城出身と聞いたけど地震大丈夫だった?」と聞かれたのだ。その質問には、いつも口ごもってしまっていた。一言では言えず、内陸部だったので家は大丈夫だったが、家に帰れない所にいて避難所となっている体育館で過ごしたのだと説明した。するとその人は「じゃあ、被災者じゃん」と言い、そこに重ねるように隣にいた同年くらいの女性が突然「わたしも被災地ボランティア行ったんで」と大きな声で言った。その後、車内は被災地ボランティアの話へと移っていった。

女性のなぜか競うような物言いにも驚いたが、自分が「被災者」であったと言うことができないと思っていたことを実感した。もっと大変な被害に遭った人が多くいて、そのうえ大学生活を送る関東の暮らしに戻った身だからというのが理由だ。ではなんと言うのかと思うと、やはり当時は被災者の一人だったというしかないのだが。

新聞やテレビで、「被災地の復興」「被災地の今」という文言を見かける。被災地は姿を変えていき、それを復興という。津波の被害のあった土地は瓦礫が撤去され、整えられ、また建物が建ったりする。けれど原発の被害のある土地は、被災当時のまま残されて今では雑草に覆われている。当然、一言に「被災地」とは言えない。被災の状況はそれぞれに悲惨だ。

一方で、「いつまで被災者なのか」「取り残された被災者たち」という形で、人間は取り上げられる。いつまで、どこまでが被災者なのか。グラデーションのある言葉で、わたしはその薄い端に位置していると思っていた。グラデーションは、波紋とも言い換えられるかもしれない。震災から時が経ち、波紋は薄く広がっていく。被災者という言葉の端っこにいると思っていたわたしも、それでやっと震災について書いていいと思えるようになったという部分もあるのだ。

けれど、時折思い出す「じゃあ、被災者じゃん」と言ったバイトの人の声は、最初からグラデーションも何もない真っ平なものだったと思う。

時が経ち、被災地と呼ばれる場所も、被災者と呼ばれる人も変化していく。では、被災地/被災者という言葉そのものは、これからさらにどう変化していくのだろうか。その使い方に、ひとつずつ立ち止まっていきたい。

被災地の空は水色燕来よ    仙台 泉 木村照代『東日本大震災句集 わたしの一句』

被災者は瓦礫と言はず春の雪  仙台 太白 豊田力男

被災地にクレーンのうなり陽炎へる 宮城 柴田 中野西範子

被災地となりし生家や夏燕   福島 南相馬 寺澤安子

被災船浜に五年目涅槃雪    仙台 太白 柏原日出子『五年目の今、東日本大震災句集 わたしの一句』

(次回は6月11日ごろ配信、堀田季何さんの回です)


【執筆者プロフィール】
千倉由穂(ちくら・ゆほ)
1991年、宮城県仙台市生まれ。「小熊座」同人。東北若手俳人集「むじな」に参加。現代俳句協会会員。



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