アロハ来て息子の嫁を眺めをり 西村麒麟【季語=アロハ(夏)】

アロハ来て息子の嫁を眺めをり  

西村麒麟 

作者自身が「息子」であるとして、「息子の嫁を」という言葉からは、少し遠さが感じられる。仲良く話すのではなく、おずおずと、少し遠くから「眺めて」いる(きっと口下手な)父親。しかもアロハなんか着て。気の利いたことくらい、少しは言えよ。大方の息子にとって、オイディプス王のような「幸せな道」は辿ることができない以上、息子にとって父親に対する違和感は、きっと死ぬまで消えないもの。季語である「アロハ」の楽天性は、そのような屈折した思いを代弁してくれている。『鴨』(2017)所収。(堀切克洋)

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