歳時記のトリセツ

【連載】歳時記のトリセツ(5)/対中いずみさん


【リレー連載】
歳時記のトリセツ(5)/対中いずみさん


今年2022年、圧倒的な季語数・例句数を誇る俳句歳時記の最高峰『新版 角川俳句大歳時記』が15年ぶりの大改訂! そんなわけで、このコーナーでは、現役ベテラン俳人のみなさんに、ふだん歳時記をどんなふうに使っているかを、おうかがいしちゃます。歳時記を使うときの心がけ、注意点、あるいは歳時記に対する注文や提言などなど……前回の中西亮太さんからのリレーで、第5回は「静かな場所」代表、「秋草」会員の対中いずみさんです!

【ここまでのリレー】村上鞆彦さん橋本善夫さん鈴木牛後さん中西亮太さん→対中いずみさん


――初めて買った歳時記(季寄せ)は何ですか。いつ、どこで買いましたか。

仕事の都合で歳時記を読む必要があり、職場の備品の文庫版歳時記(詳細不明)を手に取ったのが最初だと思います。その後は、いろいろ、いろいろ買いました。

――現在、メインで使っている歳時記は何ですか。

・メインは、第1回の村上鞆彦さんと全く同じで、「俳句歳時記」(角川ソフィア文庫)と「カラー図説日本大歳時記」(講談社)です。

・吟行や句会に持ってゆくのは、①「俳句歳時記」(角川ソフィア文庫)、②「ホトトギス雑詠選集」(朝日文庫)と③電子辞書(「角川俳句大歳時記」が収録されている)です。

・自宅で調べ物に使うのは、④「カラー図説日本大歳時記」(講談社)、⑤「基本季語五〇〇選 山本健吉」(講談社学術文庫)を開くことが多いです。

こちらが対中さんの使っている歳時記(ご本人提供)

――歳時記はどのように使い分けていますか。

①②③は、吟行句会に持参します。吟行中は句帳だけを持ち歩き、辞書の類は車に置いておきます。歳時記や辞書から言葉をもらうより、嘱目対象から言葉を得たいためです。句会の場でも、確認のために開く程度です。

④は座右版なのでかなり重いです。腱鞘炎気味なので、床置きして頁を繰ります。特に飯田龍太さんの解説がいいと思います。

⑤は長く愛読している歳時記です。500選ですから、季語の収録数は多くはありませんが解説が丁寧です。万葉集や古今集、漢詩などからの引用もあり、詩歌の歴史から季語の本意に迫っています。歳時記を季節分類のための辞書と見るなら、たぶん「季寄せ」で事足りるかと思いますが、季語の本意を深く味わいわけるならこれがお勧めです。

山本健吉『基本季語五〇〇選』は今なお評価が高い1冊。

たとえば、「春の暮」。①には「春の夕べ、夕暮れ時。春季の終わりは、「暮の春」といって区別する」とありますが、⑤には「春の夕暮の意味に今日使っているが、古くは春の暮、秋の暮ともに暮春、暮秋の意味に使った。暮という言葉は、大暮(時候の暮)と小暮(時刻の暮)と両義に使うので、両義を兼ねて気分的に曖昧に使っている場合もある」「虚子(『新歳時記』)は共に夕方の義に定めて置くと言っているが、どちらの意味に取るかは、一首一句の趣によるべきである」「もともと春の暮、秋の暮ともに日常生活語でなく、雅語に属するから、曖昧に使われていても、生活の上に何の支障もなかったのである」「結局語感の問題である」としている。①⑤ともに例句として〈いづかたも水行く途中春の暮 永田耕衣〉を挙げていますが、さてこの句、時候の暮でしょうか、時刻の暮でしょうか。

――句会の現場では、どのように歳時記を使いますか。なるべく具体的に教えてください。

句会の現場ではほぼ確認作業のために開く程度です。

――どの歳時記にも載っていないけれど、ぜひこの句は収録してほしいという句があれば、教えてください。大昔の句でも最近の句でも結構です。

好きな句は歳時記には載っていないことが多いです。歳時記の例句は例句として読みますが、ほんとうに俳句を味わうのは、個人句集や全句集だと思っています。

――自分だけの歳時記の楽しみ方やこだわりがあれば、教えていただけますか。

特にありません。

――自分が感じている歳時記への疑問や問題点があれば、教えてください。

特にありません。

――歳時記に載っていない新しい季語は、どのような基準で容認されていますか。ご自分で積極的に作られることはありますか。

たとえば「きうり草」。私にとってはとても大切な春の草ですが、歳時記には載っていないことが多いです。いずれ載るかもしれません。「きうり草」を詠みたいときは、春の季語と合わせ技にしますが、必ずしも俳句にしなくてもいいとも思っています。きうり草を見るだけで幸せになるのでそれでいい、とも。田中裕明の〈この世のもつとも小さき花に涅槃西風〉(『先生から手紙』)は、このきうり草のことかなぁと思って味わっています。

これがキュウリグサ。かわいい。

――そろそろ季語として歳時記に収録されてもよいと思っている季語があれば、理由とともに教えてください。

特にないです。増やせばよいというものでもないと思います。

――逆に歳時記に載ってはいるけれど、時代に合っていないと思われる季語、あるいは季節分類を再考すべきだと思われる季語があれば、教えてください。

時代に合っていない、現代では見かけない、という理由で古い季語を不要とする考えには与しません。ただ、季節分類に疑問のある季語はあるかと思います。たとえば鳥の季語(大鷭、目白)など、季節感のおかしいものもあると感じます。

――季語について勉強になるオススメの本があったら、理由とともに教えてください。

特にありません。

――最後の質問です。無人島に一冊だけ歳時記をもっていくなら、何を持っていきますか。

歳時記はもっていかないと思います。俳句の本で、という括りでもよければ、『田中裕明全句集』。

――以上の質問を聞いてみたい俳人の方がもしいれば、ご紹介いただけますか? テレフォンショッキング形式で

岡田由季さんにお願いしたいです。由季さんとは二つほど句会を共にしていますが、彼女の句は、季語以外の十二音の把握が独自で面白いのですが、そこに付く季語はさりげなくて絶妙に効いているのでその辺の話をお伺いしたいです。

――お忙しいなか、ご協力ありがとうございました。それでは次回は、「炎環」「豆の木」「ユプシロン」の岡田由季さんにお願いしたいと思います。お楽しみにお待ちください。


【今回、ご協力いただいた俳人は……】
対中いずみ(たいなか・いずみ)さん
1956年生まれ。田中裕明に師事。第20回俳句研究賞受賞。句集『冬菫』『巣箱』『水瓶』(第7回星野立子賞、第68回滋賀文学祭文芸出版賞)、『自句自解ベスト100 対中いずみ』。「静かな場所」代表、「秋草」会員。



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