ハイクノミカタ

ラガーらの目に一瞬の空戻る 阪西敦子【季語=ラガー(冬)】


ラガーらの目に一瞬の空戻る 

阪西敦子


明日10月1日から「ハイクノミカタ」の本編がスタートします。

いままで私が書いてきたのは、前座というか練習台。拙い鑑賞文にお付き合いいただき、ありがとうございました(あまり誰も読んでないと思うけど)。

毎週月曜は日下野由季さん、火曜は鈴木牛後さん、水曜は月野ぽぽなさん、木曜は橋本直さん、金曜は阪西敦子さん、土曜は太田うさぎさん、日曜は小津夜景さんということで、みなさんがどんな句を取り上げて、どんなふうに捌いていただけるのか、私も一読者として楽しみにしております。

そんなわけでして、いまのうちにみなさんの句を取り上げようと思ってきたのですが、本日「練習」最終日に至りまして、阪西敦子さんの句を取り上げるのをすっかり忘れていたことが発覚!

このまま、しれっと虚子あたりの句を取り上げてみてもよかったのですけれどもね、そこはフェアにいきますよ。というわけで、掲句は「ホトトギス」2020年6月号の雑詠巻頭句からの一句。やはり赤飯炊いたんだろうか。そういえば、昨年のいまごろは、ラグビーワールドカップ(2019年9月20日〜11月2日)が開催されていたのでした。


これまでの敦子句で思い出すのは、〈ラグビーの胸ラグビーの腿の下〉という、くんづほぐれつの男の肉体の一句。レトリックとしては、〈人の上に花あり花の上に人〉と同様に、空間的上下関係を対句的に詠む、というもので、言葉の反復によって「情報量を減らす」というのは、ある種のミニマリズムです。

掲句は、反則などで審判が笛を吹いてプレーが止まったとき(間違ってもそこで気が緩んだところにタックルしてはいけません)、一瞬だけ天を仰いだのだろうか。ふっと少しだけ選手たちの肩の力が抜けて、しかし次の瞬間にはもうオフプレーとはいえ、試合に戻っている。そんな一瞬の動作だ。

試合を包み込んでいる「空」は、たえず伸縮するプレイヤーとフィールドの平面的な関係を大きく超えたところにあり、それは試合の一部でありながら、絶対的に試合の外部にあるもの。

すべてをうまくコントロールしながら試合を運ぼうとする選手にとって、「空」とは、試合が見ることを禁じているものなのだ。それは選手やボールの行方を追っている観衆たちにとっても、同じことだ。だが、観衆は時おり、その禁を破って、空を見てしまう。

そのときの「空」には、何があるだろう。たんなる息抜きだろうか。そうかもしれないが、それが息抜きになるのは、そこには試合で積もり積もってきた〈過去〉の時間が投影されているからだ。

勝負事は、〈未来〉を予測しながら、ボールの軌道や選手の動きという時間をコントロールしなければならない。対して、〈過去〉は取り返しがつかない。点をとられたら、取り返さなければいけない。

得点も含め、あらゆる〈過去〉のプレーは「取り返しがつかない」からこそ、試合は試合たりえている。しかし、その「取り返しのつかなさ」は、〈未来〉のプレーとはまったく関係をもたない。「失点したこと」と「得点すること」の間には、事後的に語られる「物語」はあっても、因果関係はないのだ。

この因果関係のなさを、私たちは〈いま〉と呼んでいる。選手たちが一瞬だけ見つめた「空」は、ノーサイドになるまで体を張って〈未来〉をつくっていくという重圧からの解放であり、だからこそ「空戻る」なのである。

上では審判が笛を鳴らしたとき、と書いたが、もちろん得点で笛が吹かれたときでもいい。そのときに天を仰ぐのは、まぎれもなく、失点した側のほうだ。

それは失点が「取り返しがつかない」過去だからであり、確定してしまったことだからである。だから、やはりラガーが天を仰いだときに映る「一瞬の空」は、〈いま〉であるというその一点において、とてもスポーツマンシップに反するものなのである。

スポーツとは、将棋の読みと同じで、時間の先取りである。そこでは〈いま〉などという一見すると特権的な時間は、くそくらえであり、気がついたときにはもう〈過去〉になっているものなのだ。

明日からの7名の「ハイクノミカタ」は、そういう意味でも〈いま〉ではなく〈未来〉に向けての文章になってほしいと思っているわけでして。

そしていま、3か月の「練習台」という役割を終えて、ふうと息をつきながら、「空」を見上げております。一瞬どころじゃないけれど。

みなさま、明日からよろしくお願いします。

(堀切克洋)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜 飯田蛇笏【季語=夏めく(夏)】
  2. つぶやきの身に還りくる夜寒かな 須賀一惠【季語=夜寒(秋)】
  3. 餅花のさきの折鶴ふと廻る 篠原梵【季語=餅花(新年)】
  4. デモすすむ恋人たちは落葉に佇ち 宮坂静生【季語=落葉(冬)】
  5. 叩頭すあやめあざやかなる方へ 飯島晴子【季語=あやめ(夏)】
  6. 馬の背中は喪失的にうつくしい作文だった。 石松佳
  7. 鳥を見るただそれだけの超曜日 川合大祐
  8. 風の日や風吹きすさぶ秋刀魚の値 石田波郷【季語=秋刀魚(秋)】

おすすめ記事

  1. 【短期連載】茶道と俳句 井上泰至【第7回】
  2. 逢へば短日人しれず得ししづけさも 野澤節子【季語=短日(冬)】
  3. 雨聴いて一つ灯に寄る今宵かな 村上鬼城【季語=無月(秋)?】
  4. つきの光に花梨が青く垂れてゐる。ずるいなあ先に時が満ちてて 岡井隆
  5. 【#27】約48万字の本作りと体力
  6. 白牡丹四五日そして雨どつと 高田風人子【季語=白牡丹(夏)】
  7. 秋櫻子の足あと【第5回】谷岡健彦
  8. 【クラファン目標達成記念!】神保町に銀漢亭があったころリターンズ【9】/小田島渚(「銀漢」「小熊座」同人)
  9. 「パリ子育て俳句さんぽ」【4月9日配信分】
  10. 【読者参加型】コンゲツノハイクを読む【2024年1月分】

Pickup記事

  1. 笠原小百合の「競馬的名句アルバム」【第4回】2010年/2011年エリザベス女王杯
  2. 【春の季語】山桜
  3. 「パリ子育て俳句さんぽ」【11月20日配信分】
  4. 「野崎海芋のたべる歳時記」パン・ペルデュ
  5. 蝦夷に生まれ金木犀の香を知らず 青山酔鳴【季語=金木犀(秋)】 
  6. まはすから嘘つぽくなる白日傘 荒井八雪【季語=白日傘(夏)】
  7. 【春の季語】鴨帰る
  8. 神保町に銀漢亭があったころ【第114回】中村かりん
  9. 神保町に銀漢亭があったころ【第60回】片山一行
  10. 高梁折れて頬を打つあり鶉追ふ      三溝沙美【季語=鶉(秋)】
PAGE TOP